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 1970年頃には、電子化が急速に進み始める。いわゆるクオーツ時計である。水晶振動子とトランジスタ、そしてボタン電池の組み合わせは手巻き、自動巻きのメカ時計を凌ぐ精度と扱いやすさを提供した。もちろんメカよりエレクトロニクスの方が大量生産とコストダウンに適している。クオーツ時計は日本の十八番、一時はメカを脱しきれないスイスの時計業界を危機に陥れた。

 状況が変わったのは、携帯電話機の大衆化。1995年に始まった携帯電話機の売り切り制以降、高校生に無くてはならないものといわれるまで普及した。携帯電話機はエレクトロニクスの塊。もちろん時計機能の搭載はお茶の子さいさい。 時間の確認は携帯電話機のディスプレイに役割が遷移していった。

 メカもクオーツも時計業界全体が携帯電話機に席巻されるかに見えたが、復権した。それも、メカ時計が。復権の背後には、平準化という時代背景がある。腕時計が生まれた頃には貴族、平民などの階級が存在し、階級ごとに着る服、被る帽子が決まっていた。もちろん馬車や付き人などが用意され、誰でもお姫様の登場を認識できた。