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自動運転とはそもそも何なのか?

 確かに自動運転は大きな話題ですが、「自動運転とはそもそも何なのか」と問われるとなかなかうまく答えることはできません。三宅デスクの解説記事は、多くの人が感じているであろう疑問に答えた力作です。

 当然と言えば当然ですが、やはり業界では自動運転に定義があります。例えば、米国NHTSA(国家道路交通安全局)は、自動化のレベルを5段階で定義しています。ドライバーが運転する「レベル0」から、無人運転が可能な「レベル4」まで。日本の国土交通省による検討会での定義も含めて、最大のポイントは緊急時の対応にあるようです。簡単にまとめると、「危ない時も自動車が自立的に回避するか」「危ない時は人による操作に切り替えるか」で、自動運転のレベルが分かれるというわけです。

 いずれにせよ、自動でクルマが走っていく様子はいかにも未来のSF的なイメージ。でも、ちょっと待てよと思います。何でも自動でやってくれるモビリティは、果たしてクルマなのかと。道路の上を自動で走っていくなら、それは自動運転の路面電車と同じで、自動で流れてくるクルマに乗ればいい。だとすれば、自分で保有する必要はあるのでしょうか。その時、クルマという商品は残るんでしょうか。そして、ファンの琴線に触れる感性の要素に意味はあるのでしょうか。

 などと妄想は膨らみ、便利で安全だと思う半面、ちょっと寂しい微妙な感じでもあります。当初は、「どうしても自分で運転したいファン」と、「自分で運転しなくていいやと思う人」が混在する状況があり得るのだとして、30年くらいしたらどうなってしまうんでしょう。正直なところ、日本国内では後者の比重が高まる気がしてなりません。

 今から30年前といえば1983年。前年に東北新幹線の大宮駅-盛岡駅間が開業し、インターネットの前身であるARPANETの通信プロトコルがTCP/IPに切り替わり、任天堂のファミコン(ファミリーコンピュータ)が登場した年です。確かなのは、不穏なことや困ったことが起きない限り、今後の30年はこれまでの技術進化をはるかに上回るスピードで開発が進むだろうということです。

 自動運転とは何者なのか。石にしがみついてでも、それがもたらすものを、ぜひ見届けたい。そう思うのです。