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携帯電話が固定電話を加入者数で圧倒

 1990年代に入ると携帯電話の加入者が増え始める。1990年代末には固定電話を加入者数で追い越す。ここまでは、図3と図4は矛盾なく対応している。2010年には、携帯電話は固定電話の3倍の加入者数を持つに至る (図4)。ところが2010年の携帯電話生産金額は、ピークの4分の1に落ちている(図3)。ここに、日本の携帯電話事業の苦境が表れている(後述)。

図4 固定電話、携帯電話、IP電話の加入者数推移
資料:総務省 情報通信統計データベース
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 なお図4には、インターネット(IP)電話の加入者数を併せて示した。インターネット電話も伸びており、減少の続く固定電話を間もなく追い越しそうな勢いである。

 携帯電話を発展段階に応じて「世代」で分類する慣行が業界にはある。この分類には、通信規格が対応している。一方、機能による分類もある。コンピュータ的な機能の多い最近の携帯電話がスマートフォン (略称:スマホ) である。このスマートフォンに対比させるために、従来型の携帯電話を日本では「ガラケー」と略称する。「ガラパゴス化した携帯電話」だからである。しかし英語では「feature phone(フィーチャーフォン)」と呼ぶことが多い。この呼び方はむしろ、音声通話機能しかなかったアナログ時代の携帯電話との区別を重視している。スマートフォンほどではないが、電子メールやインターネット・アクセスなどの機能のある携帯電話、それが「feature phone」であり「ガラケー」である。

第2世代期の日本の携帯電話産業は鎖国のもとでの繁栄を謳歌

 デジタル化によって始まった第2世代(2G)では、複数の通信規格が併存している。「GSM (Global System for Mobile communications) 」が世界の主流だった。第2世代の80%以上がGSM方式だという。けれども日本では「PDC (Personal Digital Cellular) 」という独自規格が主流だった。これが日本のモバイル環境を、一種の鎖国状態にする。

 外国の携帯電話メーカーは日本に参入してこない。日本メーカーの海外市場開拓も容易ではなかった。けれども日本メーカーは国内市場では安泰だった。おりから日本国内の携帯電話市場は伸び盛りである(図4)。そのうえ日本の人口は、そこそこ大きく、国内市場だけでも日本メーカーは潤った。

 しかし鎖国のもとでの繁栄によって、日本のモバイル機器産業の存在感は、国際的には小さくなった。その後のスマートフォン市場では、日本企業の影は、いっそう薄い。それが通信機器貿易収支の赤字として表れている(図2)。