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 日経エレクトロニクス誌2013年12月9日号の解説記事「エレクトロニクスでウイルスを追え」の取材では、ウイルスや病原菌、がんなどを検知、分析するためのDNAやタンパク質の解析技術で、エレクトロニクスが本格的に使われようとしている状況をお伝えしました。

 その取材を通して分かったのは、エレクトロニクス、特に半導体技術とバイオや化学の技術は、記事の企画段階で考えていた以上に互いに近いところにあって、しかも今後はますます両者が融合していくということ。しかもそのインパクトは、破壊的といえるほどに大きいことです。取材の結果、両者の融合技術が、今後さまざまなビジネスの金脈となるのは間違いないと確信しました。市場の本格的な拡大はこれからですが、わずか数年で、ほぼゼロから数百億円規模に成長している検査技術も複数出てきています。

DNA関連技術は工学者にも分かりやすい

 実をいうと私は生物学から少し距離を置いてきました。恥ずかしいことに高校でメンデルの法則につまずいたせいもあり、それ以後、複雑なだけの暗記科目だと決めつけてしまっていたのです。私は物理学とその応用が専門でしたが、特に日本の生物学者には、物理学的な科学観、つまり要素還元主義や研究や実験で知見を増やしていく科学観を否定する人がなぜか多く、それも生物学に距離を置く理由になっていました。

 ただし、いくつか海外発のバイオ技術、特にDNA関連の研究は、物理学や工学の研究に近い感覚で進められていたように思います。学生時代に読んだ、DNAの構造を発見したJ.D.Watson氏による「二重らせん」(講談社文庫、1986年)は本当にわくわくする内容でした。研究の一流のドキュメンタリーであると同時に、門外漢にとっても最高の推理小説のように面白く読めて、研究のスリルと興奮を疑似体験できます。そこに、物理学や工学と生物学の溝はまったく感じません。

 今回の記事を書く上では、そうしたDNAに関する研究成果を半ば詰め込みで勉強しました。知れば知るほど、DNAとその働きは、「命の設計情報」を、タンパク質の合成に翻訳する一種の情報通信技術だということも分かってきました。DNAには通信の符号化や誤り訂正技術に相当する仕組みもあります。DNA解析技術になるといよいよ既存の通信技術に似てきます。かすかな信号をまず増幅して、その後、解析する点です。

スーパーコンピュータを凌ぐペースで高速化

 DNA解析技術の高度化の歴史も、コンピュータや半導体技術のそれに似ています。例えば、解析技術の大幅な高速化が進んだことです。人間のDNAにある30億個の塩基対配列を読む「DNAシーケンシング」は、1990年代までは、ほとんど人海戦術でした。実際、DNAの研究をしていた私の大学時代の知り合いが、寝る暇がないとよくこぼしていました。

 それが2000年代以降は、解析手順の自動化と並列化が急激に進み、「2年でおよそ10倍」のペースで高速化を実現してきました。これは10年では10万倍になることを意味します。半導体技術が1年半~2年で集積度や動作性能を2倍にしてきたこと、そしてスーパーコンピュータが2年で約4倍、10年では約1000倍のペースで高速化してきたことを考えても、DNA解析技術の高度化がいかにハイペースだったかが分かります。この結果、1990年代には数年かかっていた人間のDNAの全塩基対を解読する時間は、今では1~2日で済むようになりました。

「実験室」の微細化で半導体と同じ土俵に

 ただし、数年前までは解析技術の大半は化学でした。化学でも検査技術の「微細化」は進んでおり、かつての試験管を振るような作業は、実験室丸ごとがチップ上に載る「Lab-on-a-chip」技術に取って代わりつつあります。そしてそれが、DNA解析技術の大きな進歩につながりました。ところが、解読時間は短縮しても、光を使う分析装置は時間短縮のペースほどには小さくなりませんでした。今でも主な分析装置の多くは、大きなタンス並みの寸法で、卓上サイズになると非常に小さい部類になるようです。

 最近になってようやくエレクトロニクスが参戦し、それまでの装置の常識を破る、製品の劇的な小型化と高感度化が進んでいます。例えば、2012年に製品化された英Oxford Nanopore Technologies社のDNA解析装置は、USBメモリかと思うような、手のひらに載るサイズです。

 エレクトロニクスの参戦は、化学の技術の小型化があって初めて可能になったことです。試験管を振る作業とエレクトロニクスはなかなか結びつきませんが、Lab-on-a-chip技術であれば、それが半導体チップに載るのは自然に理解できます。ちなみに、インフルエンザ・ウイルスは直径約100nmで、10年ほど前の半導体の設計ルールと同程度です。