写真:尾関裕士

――ちょっと下世話で恐縮ですが、採算は取れるわけない、という感じだったんでしょうか。

水戸岡氏:経済的に費用対効果のそろばんをはじくと採算はどうしても取れないだろうと思います。30億円以上かけますので、満員(30人)でいつも乗ってくれたとして元を取るのに20年も30年もかかるプロジェクトですから。それもいつも満員で走っての話ですから。「採算は非常に厳しいですね」とつい話して唐池社長に叱られましたけど、確かに経済のそろばんをはじくとどうしようもないかもしれませが、「心のそろばん」というか鉄道文化を発展させることというか、それなりに何か残るかもしれないとは思いましたね。

 いまだかつで誰もやらなかったことに挑戦する姿そのものが、JR九州の社員に対しても、周囲の人に対しても影響を与えるのではないでしょうか。夢やロマンに向かってドン・キホーテのように走っていくという、みんな思っていてもなかなか実行できないことを、小さなJR九州という会社が、勇気をもって決断しているわけです。実際に走る1年前に切符を売ることを決めたのも、すごく勇気が必要なことでした。

 そこそこいい値段の、見方によっては非常に高い値段のものを売ろうとして、「本当にそんなものが売れるのか」と私たちも自信がなくて、不安で仕方がありませんでした。というのは、切符発売時にあったのは私が書いたイラストだけで、図面も何もない時でしたから。ところが売り出したら、抽選倍率が7~8倍にもなって、ものすごく多くの方が乗りたいと言ってくださいました。

――大ヒットだと思います。

水戸岡氏:私たちも、そのお客様の思いに大変感動しました。その感動はすごかったですね。思い切った夢を描いて決めると、それに対して切符を買ってくれて、鉄道の旅を応援してくれるお客様がいることが分かった時、本当に本気でデザインを始めなければ、という意識になりました。それまでは何か浮ついたような感じで、それほどリアリティがなかったんです、実は。しかし、このファンの存在によって私たちは急に身が引き締まる感じがして、これだけ熱い思いを持ったお客様に対して本当にすごいものを提供しなければと思ったり、私たちで本当にできるんだろうかと不安に思ったり。私はデザイナーですけれども、私たちのデザインを現実のものにするメーカー、職人、全員改めて自分の仕事を見直すというか、自分の考え方をチェックするというか、緊張感の中で最高のものを造らなくてはいけないという責任感が芽生えましたね。

 そういうふうに、いまだかつてない仕事に取り組むことは、夢に向かって思い切って決めて行動に移す、その姿そのものに価値があるのだと思います。それが最終的に成功するかどうかは分かりません。それでも、勇気を持って夢をもって進む姿が今回の多くのファンを生んで、単純なそろばんの計算とは別の面で、多くの人が認知してくれて応援してくれたと思っています。もしかしたら、地方区から全国区、全国区から世界区とニュースの発信を拡大していくことで、JR九州が3~4年後に一部上場するときに、それをスムーズに進める上での後押しに結果的になるかもしれない。私はそこまでは考えていなかったのですが、唐池社長はその役割をこの豪華寝台列車ななつ星in九州に持たせたのかもしれません。ブランド戦略としては、最高のプレゼンテーションができたといえるでしょう。