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日米半導体協定は1996年に終結

 日米半導体貿易摩擦の最盛期は1980年代半ばから後半にかけてである。1985年の半導体売り上げランキングで、初めて日本企業(NEC)が首位となる。さらに1986年には世界半導体市場のシェア争いにおいて、日本が米国を抜いてトップになった(図5)。

図5 世界半導体市場の地域別シェア推移
資料:世界半導体統計(WSTS)
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 今や昔。この日本半導体メーカーの隆盛も、1990年代になるとすっかり様変わりする。日本企業のシェアは長期低落を続ける。1993年には米国系企業の合計シェアが日本企業の合計シェアを抜き返す(図5)。半導体メーカー・ランキングの首位にはIntel社が座り続けている。

 ただし以上の日米シェア争いは、2000年以後になると、ほとんど無意味だ。世界半導体市場における日米欧のシェアには、あまり差がなくなり、長期低迷が続く。伸びているのはアジア市場であり、そのシェアは日米欧の合計より大きい(図5)。

 ここでいうシェアは、半導体「市場」のシェアである。「半導体がどこで消費されているか」に関してのシェア争いだ。図5が示しているのは、半導体が圧倒的に(日本を除く)アジアで消費されているという事実である。半導体を組み込む機器が作られている場所、それはいまやアジアなのだ。

 1996年、日米半導体協定は役目を終えて終結した。