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 当コラムの主たる使命は、最新の医療機器の動向を俯瞰することにある。その主旨の源泉ともいうべき基本回路について、あまり知られていない事情についても触れておきたい。夏休みに一服する意味で耳を傾けていただくのも、趣があるかもしれない。

誰も教えてくれなかった差動増幅器の開発者

 結論から書くなら、最初の差動増幅器は英国のエンジニア、Alan Dower Blumlein氏(アラン・ブルームレイン, 1903 -1942)が開発したものだ。1936年に取得した特許の回路名には、本人が「Long Tailed Pair」と名付けている。元来、遠距離からの映像信号を伝えるために長いコードを使うと雑音に紛れてしまうので、その対策として考案されたのが「“長い尾”を持つ“一対”の真空管回路」だった(下の特許回路を参照)。

特許
差動増幅器の特許の回路図

 差動増幅器は医療機器などの初段増幅器として必須の技術で、商用電源などの雑音(同相分)と心電図などの実際の生体信号(逆相分)を弁別する能力に優れている。また、温度変化などにより基線が動揺する現象(ドリフト)を軽減できるため、超低周波数を含む信号を安定して増幅できる特徴がある。

 時代の流れに従えば、差動増幅器は現在のオペアンプの発祥と考えればよい。筆者が医療機器の開発を始めたのは半世紀も前だが、その時代には、既にトランジスタ化された差動増幅器の導入が始まっていた。ところが、この回路を誰が開発したのかを教えてもらった記憶がない。

歴史の教えには濃淡がある

 ブルームレインは多くの電気技術の特許を取得し、とりわけステレオの発明者として有名である。数年前、インターネットの時代になって、ようやく差動増幅器の発明者にたどり着いた。

特許
ブルームレインの伝記

 発端となったのは、大学での「医療機器論」という講義のための教科書『医療機器』を執筆しているときだ。Amazonで世界中の文献がすぐに入手できるとは、言いようがないくらい恵まれた環境になったものだ。左の写真はそのときに入手したブルームレインの伝記で、タイトルにも「ステレオの発明者」という副題が使われている。

 オペアンプはこの世の中になくてはならない基本回路となっているのに、我が国の電気・電子回路の教科書にも彼の名は入っていない。オペアンプの普及度を勘案すると不思議な気さえする。

 歴史の事実を公平に伝えることは不可能に近い。だが、対比上、アンバランスすぎると感じることが多々存在する。

 同じパドヴァ大学に在籍したガリレオとハーヴィ。前者の「地球の回転」は有名でも、後者の「血液の循環」は知る人ぞ知る程度だ。これと同じように、トランジスタを発明したショックレイは著名でも、差動増幅器のブルームレインはいまだに影に隠れたままである。

 医療機器の世界について限定してみても、基本的な技術、創始した機器の発明者・開発者に関して同じことが言えそうだ。誰が、いつ発明したという真の業績は、できる限り正確に伝えられるべきであろう。