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 「ようやく最近、“CT様”から“お医者様”になりましたよ」――。先日、ある脳外科医は冗談交じりに言いました。

 脳外科では普段、「早くX線CT装置で撮影してください」と、慌てて駆け込んでくる母親が多いそうです。子供が転倒して頭を打ったためです。

 同医師は「CTには被曝リスクがありますよ」と、撮影した場合のリスクと撮影しない場合のリスクを説明するそうです。しかし、これまでは「それはいいから、とにかく撮ってください」という反応がほとんどだったといいます。筆者も小さい子供を持つ親として、その“感情”は分からないでもありません。

 ところが「被曝」を連日耳にするようになった最近では、「どのくらいの被曝なのか?」「どんなリスクがあるのか?」「先生はどう考えるのか?」という反応に変化しているそうです。つまり、とにもかくにもX線CT装置に頼る“CT様”の状況から、“お医者様”の意見を聞いた上で、患者(保護者)自らがリスクを考える状況に変化しているというわけです。

 同医師は、「どんなものにもリスクとベネフィットがある。リスクを社会全体で共有することが重要だ」と指摘します。実はこの話は、体内埋め込み型の治療機器のような先進医療機器の実用化は、どうしたら加速するのか?という議論を、筆者が同医師としていた際に出てきたものです。「“ノーリスク”が前提では話が何も進まない。“ローリスク”を追求した上で、残されたリスクをいかに予測・評価し、社会に提示するのかが今後求められる」(同医師)といいます。

 医療の分野では最近、「レギュラトリーサイエンス」という言葉がよく話題になります。2011年9月2~3日には、「第1回 レギュラトリーサイエンス学会 学術大会」が東京都内で開催されるなど、新たな学問体系として確立させようとする動きも活発になってきています。

 レギュラトリーサイエンスは評価科学とも訳され、一般には、前述の医師の言葉にあるような、リスクの予測・評価のための判断基準を研究する学問と説明されています。ただし、先日の学会では、第1回ということもあり、議論の大半は、そもそもレギュラトリーサイエンスとは何か?というテーマに当てられていました。

 その中で、筆者はある演者の言葉が耳に残りました。「レギュラトリーサイエンスは、人や社会の“感情”に対して、いかに科学技術の進歩を調和させていくかに踏み込む学問だ。これからは技術者自身も、これまでと全く異なる価値尺度を身に付けなければならない」――。これは、先端医療機器の実用化に必要な話にとどまらず、今後の技術開発全般に通じる話なのかもしれません。