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妄想のスイッチとは

 席に着くと二人とも、試作スイッチを手に取ってカチャカチャと触り始める。記者も上司の仲森も、同席者全員でカチャカチャ。会議室はカチャカチャでいっぱいになった。その様子を見た川口さんは、満足げな表情でさらに熱っぽく説明を始めた。

「仕事をしながらね、手が空いたときにいろいろつくってみたんですよ。ここにあるだけじゃなくてね、100種類くらいは。埼玉にベーゴマをつくってる町工場があるんですけど、そこにメタルバージョンをお願いして試作したりもして。ただ、鉄はね、重くてうまく回せなかったんですけど」
「へぇー、そんなに? 俺は、これがいいと思うな」

 こう言ったくぼたつさんが手にしていたのは、川口さんが「妄想のスイッチ」と呼んでいたタイプの試作品である。

「ああ、それね。007みたいな映画で、主人公が後ろにいる敵を見ないでスイッチを押すと、敵がいるところが爆発するシーンがあるじゃないですか。敵を倒した主人公は振り返らずにその場を去っていくみたいな。そういう妄想のためのスイッチです」
「会議中にポケットに忍ばせておいて、気に入らない上司の発言があったら、こっそり押すとか」
「そうそう、そんな感じに使うのよ」

 カチャカチャやりながら、くぼたつさんが企画の達人の顔で川口さんに問い掛けた。

川口さんに質問するくぼたつさん

「最初につくったのってどれなの。これまでの満足度はどう?」
「うーん。どういうターゲット、コンセプトで、どんな風に訴求したらいいのか悩んでいるんです。考えているときにペン回しをする人って、いるじゃないですか。あれって無意識にやってますよね」
「うんうん」
「でしょ? だから、このスイッチもそういうものなんですよ。でも、売れたら速攻で真似されちゃうと思うんです。商品にできない理由はいくらでも思い付くんですよね。そして悩んでいる間に、夜なべして試作品だけはどんどん増えていくみたいな」
「値段のイメージとかは、あるの?」
「頑張れば、1日に3個くらいは手作りできるんですけど、いくらで売ればいいのかなって。もう自分の子供みたいなものなんで、かわいいモードに入っちゃって、とにかく安売りはしたくないんですよ」

 売る話になると、とたんに川口さんがしぼんでいくように見える。くぼたつさんは、それを見透かしたように話題を変えた。