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日本の急激な台頭、そして衰退

 そうしてようやく日本の登場である。第2次世界大戦後の半世紀の間に先進諸国を抜き去り、一気に世界経済の牽引役へのし上がった。

 日本の躍進を象徴するソニーのトランジスタラジオTR55が発売されたのは1955年であり、初代ウォークマン(TPS-L2)が発売されたのは1979年である。いずれもアナログ電子デバイスを高密度実装した端末であり、その系譜は1989年に大ヒットしたパスポートサイズのビデオカメラ「ハンディカムCCD-TR55」において極まったといえよう。

 我々日本人にとって、高度経済成長期とは1955年ころからの約25年間であり、これはラジオからウォークマンまでの期間に当たる。そしてその成長の顛末は90年のバブル崩壊へと至り、S字成長も減速期を迎えることになるが、最後の花火のようにメカトロニクスの集大成たるハンディカムが作られたのである。メカトロニクス技術領域において遺憾なく実力を発揮したソニーの活躍は、我が国の成長と軌を一にしたものといえるだろう。

 ところがしばらくすると、世の中の主役技術はデジタル・エレクトロニクスへと変化していく。ウォークマンは米アップルの「i-Pod」にたたきのめされ、トリニトロン・カラーテレビもパソコン用の液晶モニターに形を変えつつ、作り手も韓国や台湾へとシフトしてしまった。

 1980年代には世界市場の8割までをも独占したDRAMから液晶モニター、DVDプレーヤー、ハードディスクプレーヤーと次々にデジタル化されるエレクトロニクス商材は、ことごとく当時「新興工業経済地域(Newly Industrializing Economies;NIEs、ニーズ)」と呼ばれた国々に主役の座を譲ることになった。

 デジタル技術はコピーが容易で、モジュール化に向いている。このことが、国際的な水平分業への事業構造化を促した。さらにはヒト・モノ・カネ、情報の移動性が高まり、商品普及のS字ライフサイクルは急激に圧縮されていった。こうして、日本のハイテク系商材は急速にキャッチアップされ衰退しつつある。

 だが、追い付いた側の韓国も、もはやその後続にキャッチアップされつつある。サムスン電子をはじめとする韓国のデジタル系企業は、間もなくソニーと同じ経験を味わうことになるはずだ。

 図1を見れば明らかなように、韓国は日本からおよそ30年遅れる形で日本の足跡通りに成長軌道を歩んでいる。日本の生産人口比率は1990年にピークアウトして高齢化が始まった。韓国は2010年代初頭に同じ状況を迎えている。既に減速化の兆候はあちこちに見え始めているが、これから急速に人口オーナス現象にさいなまれることになる。

 時間がゆったりと流れていた時代には、国の成長にも時間がかかったが衰退も緩やかであった。しかし戦後のスターであった日本は、わずか一代、30年で停滞期に入り、それに続くシンガポールや韓国などNIEs諸国ももはや時間切れが間近に迫っている。

 その後には「エマージング」と呼ばれる中国や東南アジア諸国が成長期を迎えることになるが、「後発ほどライフサイクルが短縮化される」という宿命からは逃れられないだろう。先行国に追い付いて社会全体に豊かさが浸透する前に後続に追い付かれ、そうこうしているうちに自国内の少子高齢化現象にまで追い付かれてしまうという残念な構造だ。先達のように足腰となる社会資本を充実させ、豊かさを享受する前に勢いがしぼんでしまうのだ。