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 今から振り返ると、たとえ性能が未熟だとしても、浮遊ゲートセルのコンセプト自体は現在のフラッシュメモリにも通じる素晴らしいものでした。ただアイデアがあまりにも斬新過ぎたために、論文は拒絶されたのかもしれません。論文の採択も査読者の総意で決まります。「常識的」な考えを持つ査読者に納得してもらわなければ、論文を採択されることは難しいのです。

 このエピソードからわかるように、飛び抜けた技術ほど、専門家にさえも理解されず、論文にも掲載を拒否されることもある。それでもSze博士は自社の論文誌であっても、自分が浮遊ゲートセルの最初の提案者である足跡を残したことは、大変重要なことだったと思います。

権威ある論文誌に比べれば評価が低くとも、何らかの形で論文にしておけば、後世の人たちが仕事の重要性を改めて認めてくれる時が来るのかもしれません。もしSze博士らが自社の論文誌に論文を掲載しなければ、Sze博士らが後に再評価されることも無かったでしょう。

 結局、Sze博士が所属するベル研究所は浮遊ゲートセルのメモリ製品を実用化することはありませんでした。実用化するには質の良い絶縁膜を均質に作製するプロセス技術などさまざまな技術が洗練されるまで待つ必要がありました。実用化を自ら成し遂げることはできませんでしたが、この論文のおかげでSze博士らは浮遊ゲートセルの発明者であることが後に認められました。

 研究開発では画期的な技術であるほど、単線に乗って一直線に進むとは限りません。研究成果を実用化するには、技術の重要性を周囲に理解してもらえず途中で開発を一時的に中断したり、自社では開発を続けられなくなることもあるでしょう。

 それでも、自らを信じて進み、どのような形でも良いから足跡を残していく。Sze博士のエピソードからイノベーターとしての心構えを学んだような気がします。また、今回のFlash Memory Summitでは、発明当時は正当に評価されなかったSze博士の功績を40年以上後に再評価して表彰するという姿勢に、シリコンバレーの人達のイノベーションへの深い敬意と愛情を感じました。