承前

 私は課長に昇進する前の1981年ごろから、ロータリーエンジン(RE)の排ガス対策や燃焼改善研究と並行して、マネジメント関係の研究を開始して社内で実践を始めた。今回はその幾つかを時系列で紹介する。

IEに触れる

 1980年代、日本の自動車は米国をはじめ世界中で売れており、どの自動車メーカーも多品種化が進んでいた。マツダのR&D部門も忙しくなり、経営層に対して各部署が一斉に「人をくれ」と要求した。ところが、経営層から「忙しいとは一体どの程度なのか定量的に示せ」と言われ、みんながはたと困った。そこで1981年ごろ、R&D部門内に「忙しさの定量化検討プロジェクト」が発足した。私はプロジェクトのメンバーではなかったが、この話を聞いた時、「形がないものを定量化するとはどういうことか?」と非常に違和感を持った。

 その後、「科学的管理の父」といわれるフレデリック・テーラーの『ズク(銑鉄)運びの研究』(Pig Iron Observations)を読み、「忙しさの定量化」はまさにIE(Industrial Engineering)的なテーマだと分かった。テーラーを境に仕事の方法論やシステム化に関する研究が急速に進み、現代のコンピュータサイエンスやネットワークといったITの実現につながり、社会を豊かにした。「忙しさの定量化」は私の思考の次元を変える大きな出来事だったので、鮮明に覚えている。私は、今でも本質的にはIEr(Industrial Engineer)だと自認している。

コンサル活用の心構えを知る

 1982年ごろ、ますます忙しくなった設計部門のために、マツダはジェムコ日本経営に「VIP-M」(Value Innovation Program for Management)のコンサルティングを依頼した。VIP-Mは、事務間接業務について「やめてみよ」「半分にしてみよ」「他に便乗せよ」といった10の強制思考から成るアプローチによって、30%の業務効率化を実現するという手法である。見聞を広めるために我が第5エンジン実験課(5E実課)も自主的に参加した。

 しかし、活動の途中で「今の仕事は必要だからやっているのに削減などできるはずがない」という疑心暗鬼に襲われ始めた。設計部門も、定期的な成果報告会では帳尻合わせとしか思えない報告をするようになっていた。ジレンマに悩んだ末、「いったんコンサルタントの言う通りにやってみよう」と開き直り、どんどん仕事を切ることにした。最後の1%を削減するのは本当に苦しかったが、何とか30%の削減を実現した。具体的には、実験結果の報告は実験事実速報と研究報告だけで済ませて週報をやめたり、さまざまな回覧物の送付を断ったりした。社内のあちこちから文句が出たものの、実害はなかったので無視していた。ここまで徹底的に仕事を削減すると、会社に来ても午後3時ごろにはその日の仕事が終わるので、逆に困ってしまった。一方、設計部門は相変わらず夜11時か12時まで仕事をしていた。

 この体験を通じて、仕事の目的や意義、方法を厳しく問う合理性が身に付いた。周囲からも「日野はVIP-Mに洗脳された」といわれた。コンサルタントが言うことはこれまでに経験したことのない概念なので、疑心暗鬼に陥る場合がある。そのときは、いったんだまされたと思ってコンサルタントの言う通りにやってみることだ。いずれ新しい世界が見えてくるし、コンサルタントも成果を出すために必死になり、結果としてコンサルタントの言う成果が実現する。以上が、実際にコンサルティングを受けて活動した経験から私が得た知見である。私も現在はコンサルタントだが、同様の局面に差し掛かれば、顧客に対してこのように話す。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

日経クロステック登録会員になると…

新着が分かるメールマガジンが届く
キーワード登録、連載フォローが便利

さらに、有料会員に申し込むとすべての記事が読み放題に!
日経電子版セット今なら2カ月無料