承前

 1987年の初め、私はパワートレーン実験管理課付のパワートレーン認証チームに転出した。ここはガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、ロータリーエンジンの各エンジン実験課が開発したエンジンをクルマに搭載して、埼玉県熊谷市にあった運輸省(現・国土交通省)の排ガス試験場に持ち込んで認証試験を受ける20人ほどのチームである。認証試験がない時期は、エンジン実験課が仕立てた車の排ガス測定依頼を受けて試験を実施し、その結果を返す。仕事は請負で定型的な作業なので、脚光を浴びない縁の下の力持ちといえる職場だ。

 常に新しい技術を実験・研究するエンジン実験課には自由闊達であることが求められるが、ここにはここなりのマネジメントが必要であり、安全第一、職場美化、作業の標準化と徹底順守、職場懇親の深耕などに気を配った。チームの性質上、私は部内や他課と軋轢(あつれき)をもたらす発言も物議を醸す行動もすることがなかった。半年後には各エンジン実験課から「実験部門で職場の活性度が最も高いのは認証チームだ」と評されるようになった。

 自動車の認証受験業務は若い時に何度も経験していたので日常の仕事は平穏に進んだが、認証受験に出向く時がとても辛かった。受験の作業は担当者がするので、課長の私は何か問題があった場合に対応するために朝から夕方まで認証受験の傍らに突っ立っているだけだったからである。

 ある時、運輸省の排ガス試験場で、スズキの設計課長に出会った。話をすると、彼は設計だけではなく実験も認証も全部担当しているとのことで驚いた。会社としての規模は既にマツダと近かったが、マツダは設計、実験、認証とそれぞれ別の組織があり、それぞれに課長がいた。電気製品ならいざ知らす、自動車メーカーであるスズキの課長がどうやってすべてをこなしているのか想像できなかった。スズキには「受付嬢」がいないという話は有名だったが、こんなところまで吝嗇(りんしょく)の精神が徹底しており、それがスズキの成長の源泉であることを思い知った。

 1987年の中ごろ、全社の教育訓練部からR&D本部教育担当グループに対し、R&D本部内の企画・設計部門の初級社員向け教育講座を開催してほしいという要請があり、本部内を巡り巡って私に講師依頼が来た。こうしたテーマの講師依頼がパワートレーン認証チームの私に来るということは、私の能力が本部内にも知られているからだと思い、引き受けた。

 私は、全39ページから成るテキスト『企画・設計者のための「方法の科学総論」』を作成し、受講者100人を2班に分けてそれぞれ1日コースの講義を実施した。講義を始める前に16項目の試験問題を手渡し、講義のどこかで解答を話すと予告してから始めた。講義終了後、講座の感想文を書かせたら「完全にはめられた。解答がいつ話されるかと集中していたので居眠りできなかった」「朝から夕方まであのパワーでしゃべり続けたところがすごい。あれでは目も覚めてしまう」などの感想があった。試験結果は全員ほぼ完璧な回答だった。

『企画・設計者のための「方法の科学総論」』
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