話を元に戻すと、我々はFF車のエンジンルーム・レイアウトの標準化と並行して、FF車のアンダーフロア・レイアウトや、FR車のエンジンルーム・レイアウトとアンダーフロア・レイアウトの標準化にも取り組んでいた。さらに、エンジンやトランスミッションなどのパワートレーン、ステアリングシステム、ブレーキシステム、サスペンションシステムなどのモジュール化も進めていた。それらを全部組み合わせれば、現在世間をにぎわしている独Volkswagen社のMQB(横置きエンジン車のモジュールツールキット)やMLB(縦置きエンジン車のモジュールツールキット)に相当する標準化が、当時のマツダで実現できていたはずだった。しかし、FF車のエンジンルーム・レイアウトの標準化が頓挫したので、すべての標準化活動が設計思想のゴールビジョンを持たないバラバラの活動にならざるを得なかったことが残念だった。
<デンソーのラジエーターのリバースエンジニアリング>
日本電装(現・デンソー)が1980年代に公表した、ラジエーターに関する以下の3編の論文は、モジュール化/モジュラーデザインにとって非常に重要な内容が記されていた。
それぞれの論文を単独で見ると分かりにくいが、3編を通しで見るとデンソーのモジュール化戦略の全体像が見えてきた*3。詳細は拙著『実践 モジュラーデザイン 改訂版』のpp.35-41に記したが、その本質を簡潔にいえば、次のようになる。第一に、現行の技術レベルでラジエーターをモジュール化しても世の中の技術レベルが上がっていくのですぐに使い物にならなくなることを見越して、初めにラジエーターの技術革新に取り組んで放熱量当たりの容積を従来の半分にした。第二に、全世界の自動車メーカーがラジエーターに要求する放熱特性と搭載スペースの最小値(min)と最大値(max)を調べ、その間にモジュール数を適用して「部品の種類は少なく、ラジエーターの種類は多く」というモジュール化を実現した。第三に、モジュール化した部品の仕様を実現する製造工程の自動化に取り組み、それまで7本もあった専用ラインを1本のFMS(Flexible Manufacturing System)ラインに集約し、大幅な製造原価低減を実現した。まさに理想的なモジュール化の事例だった。
デンソーのラジエーターの現物を集めてリバースエンジニアリングを実施したところ、同社はラジエーターをモジュール化するに当たり、初めにラジエーターの放熱性能に等比数列の標準数を適用してラジエーター全体を幾つかの群に分類し、群単位で高さ、幅、冷却用フィンピッチの寸法諸元に等差数列を適用したことが分かった。つまり同社は、私が創案したと思っていた前出の「モジュール数の適用表」を既に考え出し、実行していたことになる。
後日、「SRラジエータ」のモジュール化の推進役だった花井嶺郎氏に出会ったとき、同氏は次のように言っていた。「SRラジエータをモジュール化していく過程を日野さんが丸裸にしたので、我々は本当に参った」「自動車メーカーはSRラジエータのモジュール化を単なる原価低減としか見ず、モジュール化の本質を理解してくれなかったのが残念だった」「我々は1970年代にラジエーターをモジュール化し、この方法を1990年代までにデンソーが手掛ける約400の部品すべてに展開した」。同氏の話を聞き、デンソーが世界に冠たる部品メーカーに成長した原動力を見る思いがした。