パワー半導体の分野で、SiCやGaNなど化合物半導体系の材料を使った製品開発が活発化してきた。今回のSCR大喜利では、「パワー半導体の技術マップを探る」と題し、デバイスの材料を軸としてパワー半導体事業の先行きを見通していただいている。今回の回答者は服部コンサルティング インターナショナルの服部毅氏である。
服部コンサルティング インターナショナル 代表

【質問1の回答】当分は続く
Siパワー・デバイスは、性能向上の限界に近付きつつある。このため、SiCおよびGaNが次世代パワー半導体材料として注目されている。SiCおよびGaNの絶縁破壊耐圧は、Siの約10倍も高いので、高耐圧が実現できる。キャリア濃度を高くして低オン抵抗を実現できるため、電力損失を大幅に低減でき、省エネルギー化に大きく貢献する。また、バンドギャップが広いため、高温動作が可能であり、冷却系を簡略化してシステムの小型軽量化を図ることができる。高電界でのキャリア伝導性を支配するSiCの飽和速度はSiの約2倍、GaNは同約2.5倍であり、これらの材料を用いるとスイッチング動作が速くなり、高い高周波での動作が可能となる。
このため、SiCユニポーラ・デバイスは, 現在主流のSi-IGBTをさらに大電力容量化、高耐圧化、高速化する分野への適用が一部で始まっている。おもにエアコンなどの白物家電、電車、産業機器向けである。自動車、再生可能エネルギー、電力基幹系統などへの適用検討も始まっている。今後、SiCの結晶性が向上すれば、Siサイリスタをさらに大容量化したデバイスが実現可能となろう。高耐熱性の点でもSiよりはるかに有利である。ただし、Siデバイスよりははるかに高コストであり、これが普及の著しい妨げになっている。
GaNを用いたパワー・デバイスは、いまのところSi基板上へのヘテロエピタキシャル成長を使用して製作される。Si基板を用いているため大口径化が可能で、SiCより低コスト化が可能だが、 結晶欠陥が多く高耐圧・高容量の縦型デバイスに向かない。このため、低~中耐圧分野でパワーMOS FETをさらに高速化する分野での利用が検討されている。主に情報・通信・民生向けである。例えば、パソコンやサーバーの電源の高効率化、小型化を実現できる。
材料物性面からは、SiCよりもGaNのほうがパワー・デバイスに適しているが、結晶性やデバイスの電気特性面で課題を抱えており、まだその潜在能力を十分に引き出すに至っていない。最近は、GaN製品の耐圧も600Vに向上し、さらに耐圧倍増に向けた開発も進んでいる。このため、SiCとGaNの耐圧による棲み分けも高耐圧側へシフトしつつある。将来 結晶欠陥の少ないGaN-on-GaN 基板が得られるようになれば、SiCがターゲットとしている超高容量・高耐圧分野へ侵攻することもできよう。そうなれば、現在考えられている棲み分けは大きく変化するだろう。ただし、可能だとしてもだいぶ先の話だろう。
SiCやGaNがホットトピックスとして取り上げられてはいるが、期待だけが先行し、まだ市場が立ち上がるまでには至っていない。完璧に近い結晶性のSi基板を用い、シリコン集積プロセス技術を転用でき、究極に近い状態まで洗練されているSiパワー・デバイスに対し、SiC/GaNパワー・デバイスの基板やプロセスは未成熟で、量産化に至るまでにはさまざまな課題を解決しなければならない。結晶性向上次第で、棲み分けも変化しようが、結晶性は一朝一夕で改善できるようなものではないし、Siも進歩が止まったわけではない。低コストのSi主流の時代は今後も当分続く。