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本当に徹底しているか

 もちろん、常に新しい発明や新機軸を打ち出し先行者に徹する企業があってもいい。ここで言いたいのは、キャッチアップモデルを選ぶにせよ、先行策を選ぶにせよ、徹底する姿勢が大切だということだ。特に高度経済成長期の日本メーカーが持っていて、現在失われてしまったものがあるとすれば、徹底して学ぶ姿勢であるように思える。

 1980年代の絶好調の時代に日本メーカーは、「技術開発で後からいって追い付き、追い越すこと」が時代遅れで格好悪い、何やら卑怯だという意識を持つようになった。そして、競うように中央研究所を作り、ノーベル賞級の成果を目指して基礎研究に力を入れ始めた。背景にあるのは、製品開発における「リニアモデル」という考え方である。これは、「基礎研究」「開発」「試作」「マーケティング」という一連のプロセスで技術開発が進み、製品ができるという考え方だ。

 それを象徴する例は、米デュポンの「ナイロン」である。20世紀初頭に企業内の基礎研究による発明で生まれたナイロンはヒット商品になった。これが世界に通用する基礎研究を手掛けることが大ヒット商品につながるというリニアモデルの考え方を生み出した。

 技術者から見ると、リニアモデルは確かにカッコいい。研究所で自由に基礎研究をしたら、その成果が商品になり、社会を変えていくというわけだから。結果、基礎研究は崇高であるという意識が大学だけでなく、企業にも浸透した。その反動で、キャッチアップはカッコいいものではないという考え方が生まれたのだろう。

 だが、実際はナイロンのような理想的な例はほとんどないのである。リニアモデル発祥の米国は、模倣戦略から生まれた日本の高度経済成長を分析して、リニアモデルは現実には働かないと学んだ。

 例えば、蒸気機関で産業革命を起こしたワットは誰もがご存知だろう。彼は英グラスゴー大学の前で修繕屋を開く職人だった。そこにある時、ニューコメンが開発した蒸気機関が持ち込まれる。修繕しながら仕組みを学び、効率化に思いをめぐらせるうちに新しい機構を考え付いた。それがワットの蒸気機関で、彼は産業革命の父と呼ばれるようになった。

 そのワットによる悪戦苦闘の工夫をフランスで見ていたのが若い学者のカルノーだ。いわゆるカルノーサイクルの発見者で、そこから熱力学という物理学の分野がスタートする。

 これはリニアモデルに対する反例である。必ずしも最初に基礎があるのではない。ワットおじさんがニューコメンをキャッチアップして工夫する中から、カルノーの基礎物理学が出てきたのだ。これは20世紀の大発明であるトランジスタだって同じである。

 ワットは、産業革命の父と呼ばれるようになってから、グラスゴー大学で開催された記念式典に出席した。「産業革命の父、ワット先生を称える会」というイメージの式典なのだが、そのときの彼のあいさつが振るっている。

「皆さんがおっしゃるような名誉を本日、私が与えられるのだとしたら、その理由はひとえに皆さんよりスマートでも、賢くもなかった、ということです」

 精一杯の皮肉だろう。