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ビジョンを話せ

 よく欧米の経営者に言われるのは、日本の経営者が今何をしているのかが見えないということである。これは経営者だけでなく政治家もそうだから、日本的トップの特徴なのだろう。

 ある日本の首相が就任したときである。その時期にたまたま米国の友人が私の家に泊まっていて、7時のニュースで首相が額に汗して就任演説する姿が映った。「何と言っているのだ」というから訳した。そうしたら「からかうな」という。私が友人に伝えたのは「私は非才、何の取り柄もない人間でございますが、皆様方の絶大なる御支援とバックアップを得て、この大任をつつがなく果たしたいと思いますので、何とぞよろしくお願いします」ということである。

 その通りに訳したら「からかうな」と言われたのだ。「本当なんだ」と話したらあきれていた。「日本に来ていろいろな不思議に出会ったけれども、日本のトップが『自分はアホだ』という就任演説をするのは全く理解ができない」と。米国ならば、大統領は「これからこの国をこのように変える」と話すわけだ。それが日本では、自分のことを何度も「非才で何の能力もない」と表現する。その言葉に万雷の拍手なのだから、不思議がるのも無理はない。

 経営者は、社員にターゲットを見せて、その軸からぶれないように自らの責任で決断をしなければならない。最近の韓国サムスン電子などの迫力はそこにあるのだ。キャッチアップするならすると徹底し、一度決めたらまっしぐらに追い掛ける。繰り返しになるが、それがキャッチアップでも、「ナイロン」的なものを目指すのでも、どちらでもいいのだ。ただし、決めたらまい進すべきである。

タイトル
水野博之(みずの・ひろゆき)
1929年生まれ。理学博士。52年京都大学理学部物理学科を卒業後、松下電器産業に入社。同社取締役、副社長(技術担当)を経て94年に退任。米スタンフォード大学顧問教授、ジョージタウン大学特別講師などを経て、現在、高知工科大学副学長、立命館大学経営学部客員教授、広島県産業科学技術研究所所長、コナミやメガチップスの社外取締役などを歴任。2014年10月12日死去。享年85歳。

 ここにきて、ちょっと景気が良くなったから「踊り場脱出」などという意見が出ているが「何を言っているのだ」と言いたい。たまたま米国と中国が好景気だから輸出がちょっと伸びて、経済指標がちょっと上がっただけだ。踊り場脱出というのは、次の時代が見えて、その目標に対して動き出すことを指す。最大のサンプルは90年代の米国である。国を挙げて「情報化時代」を演出し、見事に80年代の停滞から抜け出した。あれが本来の踊り場脱出である。

 歳を取ると怖いものがなくなってきて、悪態をついて歩くようになってよくない。だが、今のままでは、カッコのいい話ばかりがまかり通って、実態がないままだ。独自の発想を徹底して、次の時代を設計するのが経営者である。ちょっとした景気の浮き沈みに一喜一憂しているようでは、それは経営者と呼べない。それだけは肝に銘じてもらいたい。