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いつもみんな
ピーピー(PP)していた

開発のリーダーを務めた谷徹氏(現・滋賀医科大学外科学講座教授)。

 「カネにも、地位にも、環境にも、恵まれていなかったから」

 世界で初めてであり、しかも開発後20年を経た今日においても同レベルの製品はいまだにないという血液浄化器の開発を成功に導いた要因を尋ねると、奇しく三人の外科医から同じ答えが返ってきた。

 三人の外科医とは、開発着手当時、滋賀医科大学外科学講座の大学院生だった谷徹(たにとおる)(現・滋賀医科大学外科学講座教授)、臨床医で研究生だった花澤一芳(はなさわかずよし)(現・豊郷病院副院長、滋賀医科大学外科臨床教授)、同じく青木裕彦(あおきひろひこ)(医療法人湖青会および社会福祉法人湖青福祉会理事長)。

 「だから、当時の仲間が年に一回集まる忘年会の名前は、みな貧乏でいつもピーピーしていたから"PP班"と呼んでいる」

 開発のリーダーを務めてきた谷はそう笑いながら話すが、PPは血漿交換療法を意味するプラズマ・フェレーシス(Plasma Pheresis)の頭文字をとったものだ。谷たち体外血液循環の研究チームはPP班と呼ばれていた。谷がいう「ピーピー」は、いつもみんな血液循環を用いた治療法の研究にいそしんでいたことを意味する。