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医学者を魅了する毒素
「エンドトキシン」

発想の転換を促した花澤一芳氏(現・豊郷病院副院長、滋賀医科大学外科臨床教授)。

 もし、このときのエンドトキシンの有効活用のアイデアが実用化できる段階にまで到達しえたならば、癌に対する画期的な免疫療法が出現したかもしれない。

 84年の人工臓器学会誌には、ウサギに癌細胞を植えつけて、その血液を体外に引き出し、エンドトキシンを付着させ固定化させた繊維が入ったカラム(円柱状の容器)の中に循環させ、再び体内に戻したところ、癌が大きくなるのを抑えられた、との谷の論文が掲載されている。

 このとき東レでは、繊維研究所の研究員であつた寺本がエンドトキシンを固定化させるための繊維材料を提供するなどして協力している。

 確かに動物実験ではエンドトキシンによる癌の働きを抑える抗腫瘍作用の効果が確認できた。しかし、それを実際に人に用いた場合、どうなるだろうか。もしも繊維に固定化されたエンドトキシンが血液中に流れ出したら、どうなるか。エンドトキシンには抗腫瘍作用とともに、発熱作用と致死作用がある。

実験に打ち込んだ青木裕彦氏(医療法人湖青会および社会福祉法人湖青福祉会理事長)。(滋賀県初の診療所併設型の老人保健施設「ケアセンター志賀」にて)

 そうしたリスクを取り除く方法をめざしてさらなる実験を積み重ねるべきか、それとも実験を取りやめるか。PP班では白熱した議論が続いた。

 PP班といっても当時はたったの三人であった。リーダーの谷、岡藤太郎(おかとうたろう)(現・岡診療所所長)、花澤である。その後、青木が加わり、やがて十数人の研究チームとなる。

 花澤は、北里大学を82年に卒業し、同大学病院に外科医として臨床一筋に五年間過ごした後、故郷に戻り滋賀医科大学外科に入局する。

 ある日の夜、隣の研究室をのぞいてみると、実験データでも整理しているのだろうか、一人の医師が机に向かって黙々と作業している姿が目に入った。別の日には、深夜一人、試験管を洗っている姿を目にした。なぜか、その人物を見るたびに、その姿からオーラが立ち上っているような印象を受けた。それが谷だった。