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 その谷の強い輝きを放つ目に直視されて「キミ、どう、来てみない」と誘われたのが、PP班に参加する契機であった。

 「エンドトキシンというのは、じつに人を引きつけてやまない毒素なのです。その存在を知られるようになったのは100年も前なのですが、多様な生物学的な作用を生じさせる魅力にとらわれて、エンドトキシン研究の深みにはまって抜け出せなくなった医学者は少なくありません。人工臓器学会などの場で、いつもエンドトキシンのことを語っていたわれわれも、そう思われていたかもしれません」

 こう語る花澤にとって、エンドトキシンは研究上の課題だけではなく、消化器外科医として臨床の場で戦わなければならない相手でもあった。

 消化管穿孔(せんこう)、胆道感染症、細菌性食中毒などの急性腹症に陥った患者の体内には、エンドトキシンなどの細菌毒素が大量に発生する。すると、高熱、呼吸が速くなる、脈が速くなる、白血球数が増える(減る)などの症状が現れる。これらを「感染によるSIRS(サーズ)状態」と呼ぶが、SIRSが重症化すると、敗血症性(感染性)ショックを引き起こす。

 敗血症性ショックの特徴は、急速にさまざまな臓器が機能不全になっていくことだ。それには、敗血症に引き続いて血中にエンドトキシンが散布され、「エンドトキシンショック」を引き起こすことが関係している。そして、多臓器不全となり、死にいたる。

 このような経過をたどって命を失う人たちの姿を、花澤は何人も眼前にしてきた。

 敗血症は大きなけがや手術のあとでしばしば起こり、医学が発達した今日でも死亡率は約60%と非常に高く、感染によって重症化しやすい。薬での治療が主だったが特効薬はなかった。そのうえ、敗血症の発症は年々増えていく状況にあった。

 せっかく手術がうまくいっても、その後に重い感染症を引き起こし患者の命を奪っていくエンドトキシンは、臨床の場をなによりも大事にする外科医の花澤にとって、「数々の恨みがある存在」であった。それゆえに、谷が取り組んできた実験の今後の方針について議論が重ねられたあと、一杯飲んだ席で思わず口をついて出たのだ。「エンドトキシンを患者の体内から取り去るようなことができたらなあ。まあ、夢のような話だけどね」

 すると、谷が即座に反応した。「ヨシッ、発想を転換しよう。エンドトキシンを固定化するのではなく、吸着して除去するような繊維体を開発して、血中エンドトキシンを直接解毒する治療法を生み出せないか、東レと相談して、挑戦してみよう」

 早速、そのことを寺本ら東レの研究者に伝えると、つぎのような答えが返ってきた。「そりゃあ、危険な毒素であるエンドトキシンを固定化した繊維を開発するよりも、エンドトキシンを取り去る繊維を開発するほうが、ずっと安全だし、やりがいもある」

 ここから、繊維状吸着体を利用した敗血症治療用デバイス「トレミキシン」の開発は始まる。

トレミキシン(PMX)とは何ですか?
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