数え切れないインセンティブで出世を促す
私が韓国を訪問し始めた2002年ごろは、韓国はまだ事務所内で喫煙できる“自由喫煙”の社会であり、サムスン電子やHyundai Motor社(以下、現代自動車)のような大手企業でようやく分煙が進んでいた状態だった。ところが、2010年にサムスン電子を訪問した時は、社内は完全禁煙になっており、喫煙所もなく、会社の敷地から1km以内の範囲までも禁煙にしていた。喫煙者は苦しい表情で「昼休みに1km先まで走って行き数本の“固め喫い”をして走って戻る」と話していた。数年先にはサムスン電子から喫煙者はいなくなるだろう。
最近は、日本にも勤務時間中に社内はもちろん移動時も禁煙にした企業があるようだが、企業の先進性を証明するのは禁煙であると考えていることを示している。セキュリティーや企業の社会的責任(CSR)、企業統治(コーポレートガバナンス)という面でもサムスン電子は突出していた。経営者が、自己を厳しく律する力を持っていなければできないことである。
前出の開発革新センターの課長代理は、1990年代末にサムスン電子の「地域専門家制度」に応募して、知人から知人へと頼りながら日本を北海道から九州まで1年間放浪した話をしてくれた。彼の「日本は寒い国だった」との言葉が解せなかった。「日本では、夜に寝ていると体が冷えてくるので、ズボンをはき、上着とコートを着て寝た」という。
韓国は、冬季は気温が-20℃まで下がる国なのに、なぜ日本が寒いのか。彼が言うには、韓国では外は確かに寒いが家の中はどこもオンドル文化によって全室に床暖房が備わっており、一晩中暖房が利いているので、全く寒くないということだった。地域専門家制度とは、他国の文化を肌で学び、その特徴や特性に合った製品を開発できるようにするための支援制度であることを後から知った。
サムスン電子には、VIP(Value Innovation Program)センターという名称の、原価低減を推進する組織があった。ある時、そのセンター長が常務に昇進したので話を聞いたところ、常務になると高級車が支給されたり生命保険を会社で負担してもらえたりと、数え切れないインセンティブが付くので、出世したいと強く思うと語った。とっさに、サムスン電子は社内競争が激しく激務であり、社員が早世しやすいので会社が困るのだろうと思い、「生命保険の受取人は当然会社だよね?」と問うたら、受取人は配偶者だとのことだった。