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図◎型締め力が4000tfのアルミダイカストマシン。きれいな作業環境で、女性従業員も働く。
図◎型締め力が4000tfのアルミダイカストマシン。きれいな作業環境で、女性従業員も働く。
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 「きれいですねえ。これが工場ですか?」。全面ガラス張りで明るく開放感のあるエントランスを見て、思わずこう聞いてしまいました。「日経ものづくり」の最新号(2015年3月号)の特集「世界のスゴい工場」の取材で、ホンダ埼玉製作所小川工場を訪れた時のことです。この特集では、視野を世界に広げて革新的な工場をチームで取材。そのうち、日本にある革新工場の1つとして取り上げたのが、この小川工場です。

 おしゃれなカフェが入っていてもおかしくないデザインの建物。しかし、日経ものづくりは製造業向けの技術誌なので、建物の取材に訪れたわけではありません。小川工場は自動車向けエンジン工場。その優れた生産技術が取材のテーマでした。「スゴい」点を簡潔に言えば、8種類ものエンジンを混流生産する実力を備えつつ、高いコスト競争力をも備えた点です。

 ホンダによれば、「小川工場の生産技術に関する取材は初めて」とのこと。記者として喜び勇んで根掘り葉掘り取材し、特集ではホンダ独自の組み立てライン(エンジンを組み立てる生産ライン)と機械加工ライン(シリンダブロックやシリンダヘッドに機械加工を施す生産ライン)について4ページにわたって書き込みました。

 ただ、ページ数の制約で割愛したのが、シリンダブロックを成形する鋳造ラインです。ここには、型締め力が4000tfのアルミダイカストマシンが据え付けられています。自動車メーカーには見慣れている人が多いかもしれませんが、他分野の人が見たら建物かと見まがうほど大きな機械です。何しろ「国内最大級」(同社)なのです。

 ところが実は、これは過剰スペック。本来なら2000tf級のアルミダイカストマシンで十分とのこと。見込み違いを生んだのはリーマン・ショックでした。同ショック前後で、小川工場が生産するエンジンのサイズや量は大きく変化。しかし、同ショック前にアルミダイカストマシン発注してしまっていたため、小川工場では巨大すぎるアルミダイカストマシンを使わざるを得ない状況に陥りました。

 これは価格にうるさいコンパクトカー向けエンジンを造る小川工場にとっては大きなハンデキャップです。アルミダイカストマシンは大きいほどスピードが遅い。一般に、2000tf級のアルミダイカストマシンのサイクルタイムは90秒程度なのに対し、4000tfのアルミダイカストマシンのサイクルタイムは120~130秒と長い。この遅さが製造コストを押し上げてしまいます。

 しかし、転んでもただでは起きないのがホンダの技術者。まず、型開きのストロークを短くする改造を施しました。これにより、成形後のシリンダブロックを取り出す時間を短縮しました。加えて、「ハイサイクル金型冷却技術」を開発。これは、成形を早めるために、金型の冷却を最適化するものです。CAEシミュレーションを活用しつつ、内冷と外冷を併用しています。内冷では、金型の内部に設けた管(水冷管)に水を流して金型を冷却します。一方、外冷では、金型の表面にスプレーを施します。金型の表面に付いたスプレー剤が蒸発する際の気化熱によって、金型を表面から冷却します。併せて、金型から成形品を取り出す際の離型性を高める効果も備えています。このスプレー剤を吹き付けるスプレーユニットは、ホンダエンジニアリングが開発したとのことです。

 結果、小川工場の鋳造ラインは90秒のサイクルタイムを実現。巨大さのハンデを克服しました。さらにホンダは、スプレーユニットや成形品の取り出し装置など付帯設備の自動化を進め、作業者を従来の2人から1人に減らしました。これらにより、従来よりも鋳造ラインの製造コストを30%程度削減しています。

 工場を見慣れた人でも、小川工場の鋳造ラインの作業環境には目を見張るかもしれません。通常、鋳造を扱う工場はミスト(水蒸気や離型剤など)が空中を漂い、異臭がする上に視界が遮られることも珍しくありません。ところが、小川工場の鋳造ラインは異臭がせず、視界もクリアです。見ると、アルミダイカストマシンの上方は大きな黒いカーテンで覆われています。こうして外部に漏れないようにした上で、アルミダイカストマシンの天井側にあるミストコレクターでミストを吸い込み、フィルタでこし取るそうです。

 なぜ、ここまで作業環境にこだわっているのでしょうか。ホンダは小川工場の設立に際し、次のような目標を立てました。「ネクタイを締めて働ける鋳造工場にする」と。鋳造工場は一時期、「3K」職場と揶揄されるほど作業環境は良くなかった。しかし、新工場ではこうした作業環境を改善しないと、工場で働いてくれる人がいなくなる。現に、日本では少子高齢化が進んでおり、女性の労働力にもっと期待しなければならなくなっている。女性作業者でも抵抗なく働いてもらえる鋳造工場にしなければという思いが、小川工場のきれいさとして結実しているというわけです。