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 先に発表された東芝の2014年度第3四半期の決算では、電子デバイス部門が過去最高益を達成し、同社の今期の現時点での累計営業利益1648億円のうち、1777億円を半導体事業中心の同部門が稼ぎ出している。東芝にとって半導体事業は、堂々たる大黒柱であると言える。毎年2000億円規模の投資を続けていくというのも、うなずける話だ。日本の中で、ともすれば斜陽産業であるとみなされがちな半導体産業の中で、まぶしすぎる勝ち組である。

 日本の半導体全盛期といえる1980年代後半から90年代前半にかけて、日本の半導体メーカー各社は良くも悪くも横並びで切磋琢磨していた。DRAMのシェアの順位が世代ごとに入れ替わるほど、拮抗した技術開発と事業展開をしていた。それが、各社の状況に大きな開きが生まれ、今では全盛期に半導体事業をしてきた日本のメーカーで、社名も変えず、総合電機メーカーの枠組みからも外れず、現在も強くあり続けているのは東芝だけになった。

 半導体業界に限らず、敗者の敗因を語り、分析し、社会で共有する試みはよくある。半導体業界でも、日本の半導体産業が衰退した要因を分析した書籍がたくさん出ている。しかし、勝者の勝因を分析し、そこから何を学べるのか、産業の競争を勝ち抜く知恵として、社会で共有されることは意外と少ない。

 今回のSCR大喜利では、「東芝のメモリー事業は、なぜ生き残りなぜ好調なのか」と題し、同社が勝ち残り、現在も強くあり続けている要因を探求し、これからを考える知恵を抽出することを目的としている。最初の回答者は、服部コンサルティング インターナショナルの服部 毅氏である。

服部毅(はっとり たけし)
服部コンサルティング インターナショナル 代表
服部毅(はっとり たけし) 大手電機メーカーに30年余り勤務し、半導体部門で基礎研究、デバイス・プロセス開発から量産ラインの歩留まり向上まで広範な業務を担当。この間、本社経営/研究企画業務、米国スタンフォード大学集積回路研究所客員研究員等も経験。2007年に技術・経営コンサルタント、国際技術ジャーナリストとして独立し現在に至る。The Electrochemical Society (ECS)フェロー・理事。半導体専門誌にグローバルな見地から半導体業界展望コラムを7年間にわたり連載中。近著に「半導体MEMSのための超臨界流体(コロナ社)」「メガトレンド半導体2014ー2023(日経BP社)」がある(共に共著)。

【質問1】メモリー事業を行ってきた日本の半導体メーカーの中で、なぜ東芝だけが大きく業態を変えることなく生き残ることができたとお考えでしょうか?
【回答】 DRAM撤退時に新たな飯のタネのNAND型フラッシュメモリーがたまたま社内にあり、そこに過去の成功体験がフィットし、幸運にもタイミング良くそれを大量消費する商品が登場したから

【質問2】現在の半導体業界の事業環境を鑑みて、他の半導体メーカーは、東芝の過去と今からどのようなことが学べるとお考えでしょうか?
【回答】将来性のある得意分野に集中して業績を伸ばす。NAND型フラッシュ発明に対する技術評価やその後の技術者処遇に関しては反省を要す

【質問3】今後も東芝のメモリー事業が競争力を持ち続けるために、変えるべきではないことと変えるべきことは、それぞれ何だとお考えですか?
【回答】変えるべきではないことは投資の継続とコスト競争力の追求。変えるべきことは、NAND型フラッシュの弱体マーケッティングの強化、新用途の創生、フラッシュのみに依存する危険なビジネスモデルからの脱皮

【質問1の回答】DRAM撤退時に新たな飯のタネのNAND型フラッシュメモリーがたまたま社内にあり、そこに過去の成功体験がフィットし、幸運にもタイミング良くそれを大量消費する商品が登場したから

 20世紀末から今世紀はじめにかけて、日本の電機メーカーはDRAMビジネスから相次ぎ撤退した。韓国勢の台頭で撤退を余儀なくされたDRAMに代わり、システムLSIこそが、製造から顧客(デジタル家電部門)まで社内にまる抱えする日本の半導体IDMの必勝ビジネスとばかりに、各社は次々とDRAMからシステムLSIへシフトした。

 そして、80~90年代のDRAM成功体験者たちがシステムLSI事業になだれこみ、要職に就いて従来通りのやりかたで経営を始めた。DRAMビジネスと同様、微細化・高集積化が目的化し、DRAM成功体験者たちが主導する企業も業界コンソーシアムも国家プロジェクトも何の疑いを持たずに微細化プロセスの開発のみに邁(まい)進していった。

 しかるに本稿著者は、DRAMからシステムLSIへのシフトは、設計/製造からマーケッティング/セールスに至るパラダイム転換と捉え、DRAMの生産形態やビジネスモデルをそのまま適用すると大失敗することを、2002~2004年に日米の半導体専門誌各誌で主張してきた。セミコンダクターワールド、クリーンテクノロジー、電子材料1)、米MICRO, 米Solid State Technologyにおいて、ビジネスモデルから個別プロセス(洗浄の枚葉化など)に至る様々な側面から論証したのだが、日本国内ではまったく注目されなかった。

 システムLSI事業は知識創造型ソリューションビジネスであり、卓越した製品企画力/システム設計力とグローバルなマーケッティング力が成功の鍵を握る。製造も多品種少量(あるいは変量、当たれば大量)対応のため、短サイクルタイム、枚葉管理・処理の生産形態が求められる。台湾TSMCでは、創業当時からシステムLSIに最適のこのような生産形態を採ったうえで、すでにビジネスモデルを10回以上更新している。

 半導体ビジネスや製造でパラダイム転換が起きたにもかかわらず1)、それを理解できない、変化に対応できないDRAM成功体験者を経営陣に抱えて、多くの半導体メーカーがDRAMからシステムLSIへの事業転換に失敗し、業績をさらに衰退させた。ところが東芝は、DRAMから社内で開発されていた同類のメモリー“NAND型フラッシュメモリー”への転換が可能で、従来のDRAMレジームのままでやっていけた。しかも幸運なことに、「iPod」をはじめとするNAND型フラッシュメモリー必須の新商品の出現、さらにはApple社、Samsung Electronics社の訴訟泥沼化で漁夫の利を得たうえに、スマートフォン大ブレイクという神風のおかげで売り上げを伸ばした。偶然の幸運が重なったということだ。運も実力のうちであることは否定しないが。

世界の半導体業界の中では勝ち組とは言えない


 しかし、大喜利前文に書かれている東芝に対する美辞麗句は、あくまでも凋落衰退する日の丸半導体業界、いわば劣等生たちの中だけでの比較にすぎない。グローバルな視点からは、たとえば東芝の次世代メモリー/リソグラフィー研究パートナーである韓国SK Hynix社の直近の四半期(2014年10-12月期)の営業利益は、1兆6670億ウオンであり、たった1四半期だけで東芝半導体部門の3四半期(2014年4~12月の9カ月間)累積分を上回っている。DRAM価格高値安定(以前の2倍へ価格高騰)のおかげによるところが大きい。

 SK Hynix社はDRAM増産のため利川(イチョン)の本社工場内に新DRAMファブ「M14ライン」の建設を急ぎ、Samsung社も華城(ファソン)のシステムLSI用の第17ラインを急きょDRAMに振り向ける。Micron Technology(旧エルピーダ)社も同様にDRAMに注力する。DRAMはこの3社で9割以上のシェアを独占しているのに対して、競争相手が多いNAND型フラッシュの価格は、一端は高値を付けたものの徐々に低下気味の状況である。こうした状況下、主要メモリーメーカーの中で、DRAMをとっくの昔に捨ててしまった東芝だけが、不幸にしてDRAMとNAND型フラッシュの選択ができない。DRAM価格が高値安定を続ける限り、東芝は売上高や営業利益でDRAMに注力するメモリーライバルに差をつけられる一方だろう。