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最期の地ドゥイーノへ

 世界を変える発見をした科学者は時勢に乗れば天才として時代に迎え入れられるけれども、一つ間違えば世の秩序を乱す者として指弾される。異端審問に掛けられたガリレオの名を出すまでもなく、パラダイムを破壊した者の人生は往々にして悲劇をたどる。自死という不幸な最期を迎えた物理学者ルートヴィッヒ・ボルツマン(Ludwig Boltzmann、1844~1906年)もその例外ではなかった。

ヴィラ・リルケから眺めるドゥイーノの街とドゥイーノ城。
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 統計力学を創始したボルツマンの痕跡を求めて、ぼくは2011年の夏、彼が自殺したイタリアのアドリア海沿いにある保養地ドゥイーノを訪れた。フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア空港(トリエステ空港)からタクシーでドゥイーノに入り、日本でいえばペンションのような個人経営のホテルにチェックインした。

 さっそく宿の主人に尋ねたら「ボルツマン? 聞いたこともない。リルケだったら知っているけれど」との答え。詩人リルケがこの地に滞在して詩作したことはよく知られ、ドゥイーノ城近くの散策路は「リルケの小道」と呼ばれている。このホテルの名前も「ヴィラ・リルケ(Villa Rilke)」だった。

ドゥイーノの街の中心にあるドゥイーノ城から眺めるアドリア海。遠くイストリア半島が見える。
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 海に突き出した絶壁の上のドゥイーノ城(Castello di Duino)に行ったものの手掛かりはなく、仕方なくインフォメーション(観光案内所)で尋ねてみた。やはり誰も知らなかった。詩人と違って物理学者、しかもこの地で自殺したわけだから観光名所にはなり得ないのだろう。

 方々に聞き込んだが、手掛かりはなかった。翌日には帰りの飛行機を予約している。ほとんど諦めかけていた時に、再度訪れたインフォメーションの女性が「もしかしたら、以前ここに勤めていた人が知っているかも」とわざわざ電話を掛けて呼び出してくれた。やってきたのは1人のおばあさんだった。

「ボルツマンがどこで自殺したか? ああ、それなら知っているわよ」

 暗中模索の果て、一筋の光が差し込んだ。