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 物理学の教科書には「プランクはEという数式で表されるエネルギー量子仮説を発見した」とあり、その墓に刻まれるものは当然、ルートヴィッヒ・ボルツマン(Ludwig Boltzmann、1844~1906年)やエルヴィン・シュレーディンガー(Erwin Schrödinger、1887~1961年)の墓のように、自らが発見したこのEだろうと思っていた。

 しかし実際の墓を前にすると、Eなどどこにも書かれていない。長方形の墓石の上の方に、「MAX PLANCK」と名前が掘られているだけだった。その簡素さは、プランクの人となりをよく表していると思っていると、石板の下の方、地面に近い所に幾何学模様のようなデザインが刻まれている。その模様をじっと見ると、それは「h=6.62・10-34W・s2」、ほかならぬ「プランク定数」だった。

 その瞬間、ぼくは「ああ、やっぱりそうだったのだ」と思った。物理学者プランクの本質がはっきり了解できた気がした。そのことを説明するには、プランクの創発のプロセスを簡単にたどる必要がある。

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ドイツ・ゲッティンゲンの市営墓地にあるプランクの墓。名前(MAX PLANCK)とプランク定数(h=6.62・10–34W・s2)だけが彫られている。奥に見えるのがオットー・ハーンの墓。
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