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自宅を見つけた

 プランクが最後に暮らした家を見たかった。しかし住所などを記した資料がない。インフォメーションで尋ねたところ、親切な中年の女性がいろいろな本をひっくり返して半時間ほど資料と格闘した末に、"Beruhmte Personlichkeiten"(有名な人々)を読み始めた。そして「あった、あった」と声をあげた。Merkel Strasse(メルケル通り)12番地とのこと。

 そこでぼくは地図を買ってそのメルケル通りに向かった。それにしてもドイツの街は本当に美しい。何しろどこにも醜い電線と電柱がない。日本は何と歩道幅2m以内の所は、トランスの置き場を確保できないので、無電柱化ができないらしい。何でもかんでも電力会社に甘すぎる。

 メルケル通りにたどり着いたものの番地の記載が見当たらず、しかし通りは何kmもあって簡単に見つからない。通りの最後に行き着いたとき、外国語学校を見つけ、そこに入って教員たちに「マックス・プランクが住んでいた家を知らないか」と尋ねた。すると、1人が「あ、知ってる、知ってる。見たことあるよ」と地図を指さしてくれた。

 プランクはその肖像が2ドイツマルク銅貨や切手に描かれ、その名を冠したマックス・プランク研究所(前カイザー・ヴィルヘルム研究所)は、最高峰の科学研究所として多数ある。ドイツでは今もその名を知られる偉人だ。

 外国語学校で教えてもらった場所に歩いて行くと、確かに「Max Planck」というプレートが掛かった家があった。「1945~1947年」と2年間住んだことが記されていた。

次男エルヴィンがヒトラーに処刑されて患った心の病を抱えたまま移り住み、死の床に就いたゲッティンゲンのプランクの家。
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