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歴史学からの転向

 科学に革新的なパラダイム破壊を起こしながら、科学史に太文字で名を残す者もいれば、時とともに忘れ去られてしまう者もいる。2012年夏、ぼくが墓参りをした2人の物理学者は、共に物質の概念に革命的な変化をもたらした量子力学の先端を切り拓きながら、その知名度や科学史における存在感には大きな隔たりがある。

 ルイ・ドゥ・ブロイ(Louis de Broglie、1892~1987年)とエルヴィン・シュレーディンガー(Erwin Schrödinger、1887~1961年)。極めて個性的という点では相通じる2人の物理学者は、その生き方において鮮やかな対照を成す。無名と有名、孤高と社交、静止と移動、抑制と奔放――そして、その対照は墓のたたずまいにもくっきりと表れた。

 まず今回はドゥ・ブロイを見る。出自が特異だ。フランスで最も格調の高い公爵家に生まれたドゥ・ブロイは、世間から隔絶した貴族社会で孤独な幼少時代を過ごした。末っ子で家族全員からプティ・ルイ(ルイ坊)と呼ばれて育った彼は少年時代、ひとりでは身繕いをすることも電灯をつけることもできなかった。ソルボンヌ大学では歴史学、しかもビザンチン史、古書体学という浮世離れした学問を専攻した。当人のいでたちも山高帽に金時計、傘と相当に時代がかっていたそうだ。

 貴族の家系に生まれた人間は、歴史や哲学など文系の学問を修めねばならない。しかし、大学卒業後20歳代半ばにして突如、物理学者だった兄モーリスの影響で科学の世界に転じる決断をする。きっかけは当代最高の物理学者が一堂に会し、物質やエネルギーについて灼熱の議論を戦わせた1911年の第1回ソルヴェイ会議の会議録を読んだことだった。

 とはいえ、ドゥ・ブロイは学会や他の科学者とは交わらず、師にもつかず、ひたすら独立独行で自らの研究に没頭した変わり者だった。しかしそれが故に、あらゆる常識や時流のくびきから解き放たれて、自由に想像と発想の翼を広げ、やがて誰もが考え付かなかったとんでもない仮説によって量子力学の扉を開くことになるのである。