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ウィーン大学の彫像

 物理学に関心のない人も「シュレーディンガー」という名前はどこかで耳にしたことがあるのではないか。ビートたけしが「今、おいらはシュレーディンガー方程式を勉強してるんだ」とギャグにしているのを聞いたことがある。それくらい、エルヴィン・シュレーディンガー(Erwin Schrödinger、1887~1961年)はポピュラーな物理学者だ。前回見たルイ・ドゥ・ブロイ(Louis de Broglie、1892~1987年)とは、同じ量子力学の開拓者でありながら天と地ほどの開きがある。

 シュレーディンガーは、オーストリア・ウィーンに生まれ、ルートヴィッヒ・ボルツマン(Ludwig Boltzmann、1844~1906年)にあこがれてウィーン大学に入学した。しかし彼が入学した1906年、ボルツマンは自死する。そこでボルツマンの跡を継いだフリードリヒ・ハーゼノール(Friedrich Hasenöhrl、1874~1915年)に師事し、ボルツマンの統計物理学を徹底的に学んで1910年に物理学の博士号を授かった。「ボルツマンの考えた道こそ科学における私の初恋といってもよい」と語るほど、シュレーディンガーはボルツマンに心酔していた。

 2012年8月21日、ぼくはウィーンに行き、街の中央にあるウィーン大学を訪れた。街の中央をドナウ川がゆったりと流れる。だが気温は40℃近くあり、とても蒸し暑い。

ウィーン大学の正門と中庭。この中庭の回廊に、ウィーン大学ゆかりの偉人たちの彫像が並べられている。
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 リングロードに面した正面玄関をくぐり抜けると、すぐに正方形の中庭があり、建物の長い回廊に、ウィーン大学が輩出した偉人の彫像が延々と並んでいる。シュレーディンガーの像は、東の辺のほぼ中央にあった。その像の下には、彼の名前と生没年が記され、そのさらに下にシュレーディンガー方程式 がくっきりと彫り込まれている。この式で、 (プランク定数hを円周率の2倍で割った定数)、そしてΨ(プサイ)が、ドゥ・ブロイが創発した「物質波」に他ならぬ波動関数だ。Ψの上にある点(・)は、「時間で微分せよ」という印で、微積分学を創始したアイザック・ニュートン(Isaac Newton、ユリウス暦1642~1727年)が発明した記法。さらにHはハミルトニアンと呼ばれ、エネルギーを表す演算子である。