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たったそれだけのことですか…

 通常、ものづくりの現場には秘密にしたいところもある。ノウハウもそうだが、機械装置の現況を見せるということは、ものづくりの全てを見せることでもあり、よほどの信頼関係がなければ見せることはない。今回はまさに、その信頼関係は万全であり、もしもB社から新しい機械装置を作るという提案があれば、A社は、大袈裟に言えば見積り不要で受け入れるだろう。

 こうして、A社の工場にB社の社長が入ったのである。

 A社長、B社長にそこまで開示するのかと思うほど、全てを見せた。B社長も、舐めるように機械装置を見た。時に、そこまで聞くかというほど、まさに、微に入り細を穿つ(びにいりさいをうがつ)とはこのことだ。

 部品や工具を取り外し、ばらした機械の裏側まで、まるで機械に抱き着くように身体をくねらせながら見るのである。それは、まさに職人のこだわりと言うのか、執念と言うのか、鬼気迫るほどであった。

 そうして会議室に戻り、いよいよB社長の話を聞くことになった。まるで、入学試験の合格発表のような雰囲気。受験番号が張り出されるときの、あの緊張感のようだ。さらに、どのような提案をしてくれるのかというワクワク感もある。何とも言えない空気の中で、B社長が口を開いた。

 「工具の取り付け方、そこだけです。要は機械の使い方。そこの問題ですよ」。

 A社の一同、まさに目が点になっている。「えっ、それだけ?それだけですか?」。ハトが豆鉄砲を食らったように、A社長が問い掛ける。

 「それだけ、それだけです」。こともなげに言うB社長、目つきは自信満々、まさに確信しているのである。

 要は、A社の製品が今一つ精度が上がらないのは、加工機に取り付ける工具の取り付け方に問題があると言うのである。しかも、それは取り付けるための部材の精度に問題があり、精度を上げるためには、適性な部材を選定し、徹底的にその部材精度を追求すれば、間違いなく加工精度は向上し、何も新しい機械装置を導入する必要もない、と言うのである。

 B社長以外、そこにいた誰もが豆鉄砲を食らった。誰も、そんな簡単な事を言われるとは思ってもいなかった。当然、私もである。

 しかし、B社長の指摘はまさに大岡裁き。事の理非を見抜き、最適な助言をしてくれたのである。