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 「キャッシュ・カウ(Cash Cow)」とは稼ぎ頭のビジネス、低成長の成熟市場で高い市場シェアを持つ主力事業のことです。当時、東芝ではフラッシュメモリー事業でキャッシュを積み上げ、その資金を原資に原発など将来、高成長が期待できる事業に投資を行う、という文脈で経営方針が説明されていたと記憶しています。

 私たちのようなフラッシュメモリーのエンジニアは「低成長で将来性は低いが今は儲かるキャッシュ・カウ」として、原発などの他の事業のために黙々と利益を上げ続けろ、と経営者に言われたようなものです。「キャッシュ・カウ」と名指しされた当事者としては、「なんだ、自分たちは牛か。冗談じゃない、自分たちが稼いだ資金は自分たちの事業の成長のために使いたい」と思ったものでした。経営者の事業判断と従業員の個人の間に、意識の差が随分あると感じました。

 東芝がフラッシュメモリーの共同開発を行っているサンディスクはメモリーの専業メーカーです。日々、サンディスクの従業員や経営者と接する中で、サンディスクの経営者はメモリーのためだけを考えて経営しているのに、東芝の経営者はどれだけメモリー事業に関心があるのか、と寂しくなったものでした。

 もちろん、東芝のような様々な事業を抱える巨大企業では、経営者が全ての分野の専門家になることは難しい。また、今では東芝の主力となったフラッシュメモリーにしても、過去長い間赤字だったわけですから、「キャッシュ・カウ」が新規事業の投資を助けるのは、持ちつ持たれつ、お互い様でもあります。

 しかし当時は、こうして「キャッシュ・カウ」として会社全体の利益に貢献しても、将来、自分の事業が斜陽になった時には、過去にどれだけ利益で貢献しても、個人はあっさりリストラされるのでないかとも感じていました。それが、大学への転職を決意する、ひとつの原因にもなりました。

 さて、自分の従事する事業は経営トップから軽視されているのではないか、という思いを感じながら東芝を退職してから8年が経ちました。今回の不適切会計の舞台になった事業のいくつかは、10年前に「将来性のある新規事業」と期待され、「キャッシュ・カウ」が稼いだ資金が投じられた事業のようです。個々の事業には様々な経緯があるでしょうが、かつて将来性があると見込まれて投資した結果が「不適切会計」では・・・と昔を思い出し、少しやるせない気持ちになりました。