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広大な森林墓地

 物理学にとって原爆開発のプロセスは負の歴史として深く刻み込まれている。「量子力学の完成者」という輝かしい称号を持つヴェルナー・ハイゼンベルク(Werner Heisenberg、1901~1976年)は、一方で「ナチス原爆開発チームの責任者」という烙印と共に戦後を生きることを強いられた。忌まわしい記憶は没後の永眠の場である墓にもその影を落とした。

 ハイゼンベルクの墓は、ドイツ南部ミュンヘンの森林墓地(Waldfriedhof)にある。20世紀初めに造営されたヨーロッパ初の森林墓地で、作家のミヒャエル・エンデや映画監督のレニ・リーフェンシュタールもそこに眠る。

 2012年8月26日の朝、オーストリア・アルプバッハのエルヴィン・シュレーディンガー(Erwin Schrödinger、1887~1961年)の墓からレンタカーでミュンヘンに向かったぼくの頭の中には、こぢんまりとした教会墓地のイメージしかなく、森林墓地にさえ行けば目当ての墓を見つけることができるだろうと高をくくっていた。

 ところが2時間後に到着してぼうぜんとした。墓地は東西1.7km、南北1.7km、160ヘクタール以上という広大な森の中にあった。8カ所ほどある墓地の入り口にある区画表を見ると、ざっと400区画ある。1区画に50基ほどの墓があるから、全部で2万基だ。しかもルートヴィッヒ・ボルツマン(Ludwig Boltzmann、1844~1906年)が眠るウィーン中央墓地(Zentralfriedhof)のように、有名人の墓の位置を示す案内板はない。ドイツ人の真面目でお堅い精神に触れた気がした。

ドイツ・ミュンヘンの森林墓地(Waldfriedhof)の東の入口。
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 手がかりを求めて、南の入口付近にある管理事務所に向かった。ところが日曜日で休み。ドアは閉まっていたけれども、誰かが中にいる気配がしたので、ドアをガンガン叩いた。出てこない。構わず叩き続けていると、何十分かしてやっとドアが開いた。

「何ごとだ! おまえは誰だ? ふざけるな!」

 北アフリカ人と思われる管理人が怒りを露わにして出てきたので事情を説明した。

「ハイゼンベルクの墓を探そうと日本からわざわざ来たんです。だけど案内板もないので、どこにあるか分かりません。有名人だから知っているでしょう。お願いだから教えてくれませんか」
「ハイゼンベルク? 知らないね。これまで20年間、聞かれたこともない」

 彼は一応、パソコンで検索する格好を見せてから「そんな名前は資料にない」とガチャンとドアを閉めた。万事休すだ。こうなれば“じゅうたん爆撃”しかない。一つひとつ確認していけば、いつかは行き当たるだろう。メーンストリートから探し始めた。

森林墓地の南の入口付近から墓地に入る。野原の奥に、美しく広大な森が広がる。
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