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 筆者はWebサイト用の原稿を書く時、通常とは異なる書き方をするよう心がけている。深い理由があるわけではないが、紙の雑誌に掲載する原稿と同じやり方で書いても芸がないと思っている。これまでにも、執筆開始から書き上げるまでの時間の経過を原稿に記載したり、一つの記事に対し読者から寄せられた書き込みにすべて回答したり、といったことをやってきた。

 今回は2月22日に筆者が聞いた話を3点書き連ねて一本のコラムに仕上げてみたい。聞いた話のテーマが偶然一緒であったのでこの試みを思いついた。そのテーマを「蛸壺の快楽」と名付けることにする。

2月22日正午・都内某ホテル喫茶店


 プロジェクトマネジメントの専門家二人と会食し、筆者が作っている日経ビズテックに寄稿してもらえないかと相談する。二人のうち、一人は大手電機メーカーの社員であり、もう一人は独立コンサルタントである。打ち合わせの後、雑談していると電機メーカー勤務の方がこう言った。

 「社員にプロジェクトマネジメントについて教えたりしているのですが、技術者諸兄はどうもプロジェクトマネジャになりたがらないのですよ。マネジャなんかになってしまうと技術の進歩から遅れてしまう、というのです」

 独立コンサルタントが相槌を打った。

 「同感です。製造業の技術者向け研修を請け負うことがしばしばあります。厳しい言い方をするとエンジニアの方は、自分の得意領域の仕事だけやっていれば満足という感じですね。もう少し周りを見て、企業の中で自分は何ができるか、社会の中で何ができるか、と考えるともっと大きな仕事ができるはずなのですが」

 本来なら、新製品開発のプロジェクトマネジャやリーダーはやりがいのある職務のはずである。だがプロジェクトマネジャと聞くと、管理や雑用をする、しんどい仕事と思われがちだ。石頭の経営陣を口説いたり、無理難題を言ってくる顧客を説得したり、真面目に仕事をしない協力会社の社員をどやしつけたりしなければならない。

 毎日そんな苦労をしている先輩マネジャを見た技術者はどう思うか。「あんなに頑張っても会社が評価してくれるかどうか分からない。それよりも自分の得意な技術領域だけきっちり仕事をして、自分の技術スキルを磨いていこう」と考えても不思議ではない。

2月22日午後2時・都内某所のセミナー会場


 会食を終え、お二人と別れ、あるコンサルティング会社が主催するセミナーに出席すべく会場へ移動する。講師の一人にインタビューするためである。遅刻したので一番後ろの席に座る。パソコンを使ったプレゼンテーションが行われていたがまったく見えない。筆者はパソコンによる紙芝居が嫌いである。よく見えるようにと会場の照明を落とされてしまうので、午後2時あたりは非常につらい。

 しかたなく講師の声に耳を傾けていると「テクノロジーズ・クリエイト・バウンダリーズ」といった表現が聞こえてきた。技術それ自体が自分の周りに輪を作り、外部との接触を絶ってしまう傾向があるというのである。講師はこんなことを言っていた。

 「技術者の人がもっとも屈辱を感じるのはどんな時かご存知ですか。『あなたは、こんなことも知らないのですか』と言われる時です。技術者と営業担当者の違いはここに出ます。同じことを言われたら営業担当者は平気で『お恥ずかしい。全然知りませんでした。教えてください』と答えます」

 これに対し技術者は知らないことを大いに恥じる。このため自分の専門分野についてはあれこれと調べ、学び、どんどん詳しくなる。その一方よく知らない境界領域の技術には手を出さない。うっかり関わって「知らないの?」と言われてはたまらないからだ。まさに「技術が障壁を築く」である。

2月22日午後9時・日経ビズテック編集部


 セミナーの後の懇親会に出席した後、編集部に戻る。Tech-On!の締切が近づいていることに気づき、何を書くか考える。本日2カ所で聞いた「技術者は自身の技術を極めようとすればするほど自分の周囲に障壁を作ってしまう危険がある」という話にしようと決める。

イラスト◎仲森智博
 今回から日経ビズテック編集長の仲森が本コラムのイラストを描くと言い出したため、コラムの内容を口頭で伝え「蛸壺に入っていると気持ちがいい、という絵はどうか」と頼む。仲森が早速描いたのがここに掲載したイラストである。イラストを受けとってながめていると仲森が隣でぶつぶつ言っている。

 「別に自分から入りたくて蛸壺に入るわけではないのだけれど、メーカーにいると入ってしまうんだなあ、これが」

 仲森は大学時代、化学を専攻していたが色々なことに首を突っ込んでおり、所属していた研究室ではあまり化学の勉強をしていなかった。その後エレクトロニクス・メーカーに就職したが、化学出身と言ったとたん周囲から「化学屋」と呼ばれるようになった。

 「お前、化学屋だからこれは知っているだろう、と言われる。知らないとは言えないから一生懸命勉強する。ほんと、メーカーに入ってから化学の猛勉強をした感じです。周りの技術者もみんなそうだった。そうして『××屋』とか『○○屋』になっていくのですよ」

2月23日午前1時・日経ビズテック編集部


 電子メールの掃除を終えてから、本原稿を書き始める。イラストは出来上がったし、話を聞いたその日のうちに本文を書き上げることにしたのである。原稿を書きながら、自分にとって蛸壺は何であろうかと考えた。

 筆者は18年間ほど、企業情報システムの取材ばかりやってきた。日経ビズテックの開発を始めてから、エレクトロニクスや化学関連の企業を取材するようになった。正直言って分からない言葉が多く、時には「コンピュータ業界の取材だけやっていたほうが楽だし効率がいい」と思ったりする。しかし「あらゆるテクノロジーに共通する、普遍的なテーマを追求する」というのが日経ビズテックの編集方針であり、企業情報システムという蛸壺に入っているわけにはいかない。無理をしてでも畑違いの分野の方に会い、お話を伺うようにしている。

 もっとも記者という職業を選択した時から、もはや技術の蛸壺には入れなくなっているのかもしれない。筆者は一応理系の学校を出ているが、先だってある会社の社長にそのことを告げたところ「理系の勉強をしたのに記者なんかになって。虚業はだめよ。理系の人ならものづくりをしないと」と叱責されてしまった。

 その時は黙っていたが今思うに、その社長は理系の蛸壺がたくさんある海域をこよなく愛しており、文系の蛸壺が多い海域にもしばしばでかけていく筆者に「こちらへ戻ってきたら」と好意で言ってくれたのかもしれない。今度同じお叱りを受けたら、礼を言おうと思う。

●コラム名を「さよなら技術馬鹿」とした理由(トップ・ページへ)