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 「メソッドを特集するなら、マンダラートをぜひ取り上げて下さい」。

 編集会議の時、特集担当の小林副編集長にこう頼んだ。メソッド特集の主旨は、技術者に役立つ方法論や手法、ツールを紹介しようというものである。メソッドといっても星の数ある。そこで編集部員達で「これが面白い」「このツールは実績がある」とあれこれ議論し、取り上げるメソッドを選び出した。

 筆者が強く推した「マンダラート」は、デザイナー/プランナーの今泉浩晃氏が考案した「メモ」の手法である。3×3のマトリクスの真ん中のセルに、ある言葉(テーマ)を書き、そのテーマから連想するもの、思いつくものを周囲にある8つのセルに書き込んでいく。基本はこれだけである。

 例えば「Tech-On!」(さよなら技術馬鹿)と真ん中に置いてみよう。Tech-On!関連の仕事で忘れてはならないこと、注意すべきことを列挙してみた。「二週間に一回」「"非"技術ネタ」など、6つのセルはすぐに埋められたが、残る2つをなかなか思いつかない。

 ここで新宿駅に到着したので電車を乗り換える。実は今回のこのコラムは、電車の中で執筆している。ノート・パソコンかPDA、あるいは携帯電話を使っていると書ければ、Tech-On!にふさわしいが、情けないことに原稿用紙に万年筆で書いている。原稿用紙は「日経コンピュータ」用であるが、もちろん今や誰も使っていない。10数年前に日経コンピュータ編集部が作ったものを筆者が保有し、時々使っている。

 なぜ電車の中で書いているか。理由の第一は本コラムの締切が来ているのに書けなかったからである。自宅で夜、書き上げようとしたがかなわず、取材に行く時間になってしまったので、やむをえず"車中執筆"になった。6日の月曜日が本欄の正式な締切日だったが、この日は日経ビジネス本誌に加え、nikkeibp.jpとIT ProというWebサイトのコラムの締切までが重なった。様々な事情を勘案して書いていったところ、本欄が結果として後回しになった。

 しかし、本欄を軽視しているわけではまったくない。技術者の方々に向けて「"非"技術ネタ」を書くという本欄は結構難しく、ネタを考えているうちに時が経ってしまった。

イラスト◎仲森智博
 あえて手書きしている理由はもう1つある。下に掲載したTech-On!に関するマンダラートには「実験」という言葉がある。Tech-On!の原田編集長から「なるべく変わったことを書いて下さい」と言われているので、あれこれ実験をしようと心がけている。今回の車中執筆も実験のつもりである。

 さて、新宿でJR線から都営新宿線に乗り換え、馬喰横山に向かっているのだが、マンダラートの残る2つがまだ埋められない。ここで原稿を書くのを中断し、マンダラートをもう一度考えることにする。

 ちょうど急行電車の待ち合わせで、電車は岩本町駅に停車している。静かになると頭がまわりやすいせいか1つセルを埋められた。「双方向」である。なかなか難しいことだが、以前やった「トレードオフ」の議論のように、Tech-On!読者の皆様と双方向のやりとりができればよいと思っている。

 残る1つが埋められないまま、電車が動き出してしまった。まもなく馬喰横山駅に到着する。これから取材であるので執筆をここで中断する。

 執筆を再開した。2時間近く取材をしてしまったので、慌てて事務所へ戻ってきた。Tech-On!編集部が入居しているビルの1階にある打ち合わせスペースが空いていたので、そこに座って続きを書いている。全部を電車の中で書けばそれなりに面白い実験だったのだが、なかなかうまくいかないものだ。

 ようやくマンダラートの最後のセルを思いついた。「思考の素材」「正解なきテーマ」である。先ほどの取材であれこれ話していた時、相手の方が「正解がない問題をどう解くか。これが日本全体の課題でしょう」とおっしゃったからだ。「○○はこうだ」「△△は古い」といった、結論ありきの記事やコラムではなく、読者が頭の体操ができる素材を提供できればと思っている。

 できあがったマンダラートを見直すと「なんだこれは」という感じだが、大事なのは、とにかく1つのテーマについて8つのサブテーマを書き上げることだ。これは案外、頭を使う。2つや3つはすぐ思いつくし、20個と言われたらやる気がなくなる。8というのは、簡単でもないし不可能でもない、ちょうどよい数なのである。

 今日お見せしたマンダラートは最も原始的なもので、実際には8つのセルを埋めるためのメソッドが用意されており、新製品のコンセプト・デザインや新事業開発といった本格的な業務に使える。8つのサブテーマを抽出したら、各サブテーマをさらに8つに分解していけるので、かなり複雑な業務プロセスをマンダラートに載せることも可能だ。

 最近はある理由からマンダラートをあまり使っていなかったが、数年前は特集の企画を立てる時、取材ネットワークの管理にマンダラートを利用していた。筆者がマンダラートを知ったのはかなり前だ。かけ出しの記者だった時、先輩記者に紹介されたのである。その先輩は某大手エレクトロニクス・メーカーの幹部に教えてもらったと言っていた。

 先輩に言われて筆者が最初に買ったマンダラート本は『マンダラ・メモロジー』というもので、「創造性を高めるための心・眼・頭のデザイン」という副題が付いている。出版社は中央美術学園出版局、価格は2800円であった。著者はもちろん今泉浩晃氏である。初版は1984年6月だが筆者が持っているのは1987年10月に出た再版である。つまり17年くらい前からマンダラートを知っていたことになる。

 マンダラートそのものについては今泉氏がたくさん本を書かれているので参考にしていただきたい。日経ビズテック第7号特集「禁断のメソッド」にも今泉氏に寄稿してもらった。

 先ほど「ある理由」でマンダラートを最近使っていないと書いた。もともとマンダラートは手帳で実践するようになっており、筆者はマンダラート用の小型システム手帳を購入、長い間愛用してきた。9つのマトリクスが印刷されたマンダラート用のリフィル(紙)もまとめ買いしておいた。リフィルがなくなって、久しぶりに購入しようとした時、リフィルの生産中止を知った。今泉氏は紙の手帳ではなく、PDAを推奨するようになっていた。筆者はPDAを持っていないし、パソコンでは携帯性が大幅に落ちる。困った困ったと思っているうちに段々、マンダラートを使わなくなってしまった。

 日経ビズテックの特集にかこつけて今泉氏に会いに行こうと思ったが、例によって原稿の締切があり、筆者は行けなかった。「紙のリフィルを復活する計画はないか」と小林副編集長に聞いてもらうことにした。打ち合わせから帰ってきた小林副編集長はこう言った。「マンダラートはPDAで使わないとその真価が発揮できない。だから紙を再発する予定はないそうです」。真に残念である。自分でマンダラート用リフィルを印刷するしかないのかもしれない。

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