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 「マーケティングの雑誌を作ったらいかがですか。日経BPさんは山ほど雑誌を出されていますが、マーケティングの専門誌がないですよね。最新理論とケーススタディを掲載した、しっかりした雑誌に仕立てたら、必ず読者が付きますよ」

 知り合いからこんな助言をもらったのは、もう2年以上も前のことだ。当時、筆者は新しい雑誌のコンセプトをまとめるべく悪戦苦闘していた。取材のときは「この製品のコンセプトがよく分かりません」などと相手に言ってきたが、いざ自分で新商品の開発を担当してみると、コンセプトを取りまとめるのがいかに難しいか、よく分かった。

 堂々巡りの企画会議が続き、日々悶々としていた時、長年の知り合いから冒頭の意見をもらった。しかし当時の筆者はまったくピンとこなかった。お粗末な話だが、マーケティングとは何かを理解していなかったからである。正直に言うと「広告宣伝や販売促進をテーマにした雑誌を作っても仕方がない」と本気で思っていた。

 この6月、インターネット上のあるサイトに原稿を書くため、マーケティングの定義を調べる必要に迫られた。具体的には、米国マーケティング協会の定義の変遷を調べたのだが、インターネットを検索しているときに、2年前の助言を思い出した。

 米国マーケティング協会(the American Marketing Association)の定義を調べた理由は、かつて紙の雑誌の記事で引用した記憶があったからだ。その記事は、非常に顧客満足度が高い、あるコンピュータ製品の特集であった。今回、インターネット上で書くことになった原稿は、同じ製品に関するものだったので、マーケティングの定義を再度引用すべく、定義が変わっていないかどうか確かめようとしたわけだ。

 ちなみに紙の雑誌において筆者が書いた一文は次の通りである。

 「米国マーケティング協会の定義によると、マーケティングとは、適切な商品を適切な顧客に、適切なタイミングで、適切な取引条件と適切な販売手段で、適切な量を提供することという」

 早速、「米国マーケティング協会」「定義」などという言葉を検索エンジンに放り込み、いくつかのサイトをのぞいてみた。ところが上記の定義は見当たらず、次のような定義が載っていた。英文をそのまま掲載する。

Marketing is an organizational function and a set of processes for creating, communicating, and delivering value to customers and for managing customer relationships in ways that benefit the organization and its stakeholders.

 この定義は米国マーケティング協会が2004年8月にまとめたもの。これは19年ぶりの定義見直しだった。ちなみに1985年にできた定義は下記の通りであった。

Marketing is the process of planning and executing the conception, pricing, promotion, and distribution of ideas, goods, and services to create exchanges that satisfy individual and organizational objectives.

 これもかつて筆者が引用したものとは違う。つまり1985年より前に、筆者が引用した「適切な商品を適切な顧客に、適切なタイミングで、適切な取引条件と適切な販売手段で、適切な量を提供すること」という定義があったと思われるが、元々の英文を見つけられなかった。

イラスト◎仲森智博
 三つの定義の変遷を見ると、なかなか興味深い。筆者は、一番古い定義が一番具体的で、年を経るにしたがって、定義が抽象的かつ幅広くなっているように思えた。初期あるいは二番目の定義では「コンセプト作り」「値付け(プライシング)」「販売促進(プロモーション)」「販売経路(チャネル)」といった具体的な施策が列挙されている。これらはマーケティングと聞いて、すぐ連想する事柄である。これに対し、昨年できた新しい定義は、乱暴に訳すならば「価値を創造し、それを顧客に届け、顧客とうまく関係を結んでいく」というもの。ここまで定義を広げると企業活動の大半はマーケティングに入ってしまう。顧客ニーズを調査して製品を企画することと同義ではないし、販売後の活動も含んでいる。

 つまり、最新の定義によれば、マーケティングとは関係者全員が携わる仕事なのである。マーケティング担当者や宣伝担当、あるいは営業部門だけが担うものではない。経営者は当然として、研究開発部門、設計部門、生産部門といった技術陣、保守やサポートといった顧客サービスを担当する部門、さらには間接部門まで「全員」が関係する。要するに「顧客の立場で物事を考え、行動する」ことがマーケティングと言える。

 筆者は当初、マーケティングはマーケティング担当者だけがする仕事と誤解していたが、同様の認識は企業の現場にもある。例えば、価格設定に際し、技術陣がまったく蚊帳の外に置かれている企業があるが、これは本来おかしい。最終決定の権限があるかどうかは別として、「この技術はこれだけの価値がある、だからこのくらいの価格で売って欲しい」と技術者が発言する場は用意されるべきであろう。こうした場を設けず、営業担当者に任せきりにしてしまうと、「適切な取引条件」といっても、営業担当者にとって適切な取引条件にしてしまう危険がある。すなわち、安売りである。

 冒頭で述べた、筆者がコンセプト作りに関わっていた雑誌は、本欄で数回紹介した「日経ビズテック」のことである。結果的に、日経ビズテックはプライシングやブランディングをはじめ、広義のマーケティング関連記事を多数掲載している。

 最後に、マーケティングの定義を調べるきっかけとなった、インターネット上に書いた原稿を紹介する。6月に公開した3本のコラムがそれである。いずれも同じ製品について書いたものだ。コンピュータの話題ではあるが、関心のある方はぜひ見ていただきたい。

「顧客満足度ナンバーワン商品の作り方」
「顧客に受ける」商品コンセプトとは
「マーケティングは全員の仕事」

●コラム名を「さよなら技術馬鹿」とした理由(トップ・ページへ)