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 本コラムの前号で,今年のものづくり白書では「わが国に集積する部材産業は,川上~川中~川下の各段階での擦り合わせを可能にし,近年のデジタル家電などの新製品開発の成功要因となった」とうたっていることを紹介した。ここで「擦り合わせ」といってるのは,東京大学大学院経済学研究科教授兼ものづくり経営研究センター長の藤本隆宏氏らがとなえる「製品アーキテクチャ論」をベースにしている。ものづくり白書は,トーンとして製品アーキテクチャ論をかなり取り入れた内容になっている。当コラムでも,製品アーキテクチャ論に沿って,材料,部材の競争力を考えてみたい。

 ちなみに,当社の日経ものづくり誌も藤本氏らの考えに大きな影響を受けている。日経ものづくりの創刊記念セミナー(2004年の昨年4月22日)および創刊一周年記念セミナー(2005年4月22日)で基調講演をお願いしたほどである。藤本氏の製品アーキテクチャ論については「日本のもの造り哲学」(日本経済新聞社)などの書籍も多く出ているが,実際に藤本氏の講演を聴くと,早口だがその名調子に引き込まれる。講演を聴いた後に,本を読むとさらに面白く,理解も深まると思う。まだ聴いたことのない方はぜひ,聴講をお勧めしたい。

 今年の日経ものづくり創刊一周年記念セミナーの藤本氏の講演では,材料とは直接関係ないが最近の話題として三菱自動車の岡崎工場の閉鎖問題に触れたくだりが個人的には興味深かった。同氏は,三菱自動車が抱えている問題は,「強い工場・弱い本社症候群」にかかっていることだと見る。同氏が専門とする工場調査では,岡崎工場の実力は様々な指標でかなり高い。現場力では定評のあるトヨタ自動車でさえ,岡崎工場の実力には一目置いているという(Tech-On!の関連記事1)。岡崎工場は,長い時間をかけて,作業員がチームワーク良く,改善を続ける能力を磨いてきた。同氏の言う「統合型ものづくりの組織能力」が高い。その高い「現場力」を持った工場を閉鎖することは,三菱自動車そのもののの強みを削ぐことになるのではないか,問題は現場にあるのではなく,「本社力」を上げることだ,と言うのである。藤本氏の警鐘が効いているのかどうかは分からないが,実際,三菱自動車の益子修社長は9月8日の記者会見で,閉鎖を予定している岡崎工場存続の可能性も示唆した,という(関連記事Tech-On!の関連記事2)。

化学品を製品アーキテクチャのめがねで見る

 それはさておき,講演後に藤本氏と昼食を共にし雑談をさせていただいた。その際に,日本の化学産業の強さが話題になり,「化学品の貿易収支を見ると2兆円を超す貿易黒字になっている。日本の強みだから積極的に攻めるべきだ」と言っていたのが印象的だった。

 ただここで,藤本氏が攻めるべきだといってるのは,「化学品」と十羽一からげにしないで,製品や産業の特性を見極め,自らの得意・不得意を勘案し,戦略を決めたうえで攻めるべきだということである。化学品では,エチレンセンターや汎用樹脂など設備の規模や操業度で決まってしまう汎用材料と,客先と共同開発してカスタム品として提供する機能材料の二種にまずきちんと区別すべきだとする。前者が「組み合わせ型(モジュラー)」,後者が「擦り合わせ型(インテグラル)」のアーキテクチャの製品と言えるだろう。両者は峻別して戦略を考えるべきだ,というのが藤本氏の考えである。

 前コラムで見た,液晶パネル用の各種フィルム材料などを見ても,ただ単に化学プラントから出てきた素材をそのまま供給しているわけではない。ベース材料を基に誘導体を合成し,様々な添加物を加え,フィルム化の段階で延伸などの多様な加工法を工夫し,というように用途に合わせて作り込んでいる。歴史的に見て,日本の素材産業はそうした有機合成や材料調整や加工が得意だった。私自身,大学では機能性高分子を有機合成する研究室にいたが,「新化合物を合成しないと卒業・修了させない」と教授に言われ,必死になって徹夜で実験室にこもったことを思い出す。例えば,日本化学会では,大学の学生達が実験室で生み出した「新規化合物」が山のように発表されているが,そうした訓練を積んだ学生が素材メーカーなどに就職して,本物の材料を合成・調整する専門家になるわけで,そうした大学教育も素材産業の強さの一因になっているように思う。私自身は,製造業ではなく出版社に入社してしまったが。

材料のポジショニング戦略

 ここで問題なのは,そうやって苦労して擦り合わせで作り込んだ材料・部材の多くが,特定の顧客のカスタムグレードとしてのみ販売されることである。特定ユーザーのきめ細かいニーズに沿って材料を作り込むわけだから,どうしてもそうなる。しかし,手間をかけ,コストをかけて作り込んだ材料が特定ユーザー向けだけとなると,いかんせん量がでない。藤本氏の言う「擦り合わせ過剰」によってたいして儲からない,という結果になってしまう。材料を使う側にとっても,材料コストが下がらない。

 ユーザーが巨大だったら話は違う。かつてトヨタ自動車は,「TSOP(トヨタスパーオレフィンポリマー)」というゴム変性ポリプロピレンを樹脂メーカーと共同開発したが,トヨタはこの材料をバンパーはもとより,内装品まで含めて全車種で全面展開したから大量に使われている(Tech-On!関連記事3同関連記事4)。樹脂メーカーにも大きな利益をもたらしただろう。液晶パネル最大手の韓国Samsung Electronics Co.,Ltd.向けでも材料によっては同じような現象が起きている。

 ただし,トヨタ,Samsung Electronics社といえども,すべての材料でそうしたカスタムグレート一辺倒でいけるわけではない。最初は,カスタムグレードから出発して,標準グレードに移行して,量を稼ぐことが重要になる。藤本氏の言う「中擦り合わせ・外モジュラー」にスライドさせる戦略である。理想は,業界のデファクト素材とすることだ。

 これは材料ユーザーにとってもメリットがある。当初はカスタムグレードで出発し,ある時期が過ぎたら,競合企業も含めて使われる標準グレードとする。カスタムグレードの時期に,製品の差異化などによって先行者としてのメリットを享受し,その後はコスト面での利益を得る。実際,TSOPを開発した当時のトヨタの担当者は,TSOPを自動車業界全体のデファクトの材料にしようとしていた。「トヨタ」と名前がついていたために他の自動車メーカーは採用はしなかったが。

 最近,材料メーカーがSamsung Electronics社に訪問して「新素材を開発したから使ってほしい」と頼んでも相手にされないようだ。門前払いというより,最初から一緒に開発することを強く求められるという。材料メーカーにとっては,これまで以上にユーザーと緊密な材料開発をしなければならない時代に入った。そのうえで,共同開発した材料を標準化するなどの戦略的な「ポジショニング」を工夫することが求められている。