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 同社にとって,この製品を開発する上での最重要問題は,HDTV映像をいかに安定した品質で送れるようにするか,だった。ところが,無線ICや無線仕様は既存のものを利用しており,開発時点で同社として手を加えられる部分はアンテナしかなかったという。

 「無線LANの通信がうまくいかないときでも,ちょっと筐体の向きを変えるだけで状況が改善する場合が多い。これで部屋一つ分ぐらいは伝送距離が変わってくる。これを自動的にできれば,ユーザーが筐体を設置する向きに伝送性能が左右されにくくなる」(ソニー テレビ・ビデオ事業本部 LFX事業室 1GP RFエンジニアの森信之氏)。家庭内などで無線LANを利用すると,マルチパスと呼ぶ反射波によって,複雑な電波の分布が生まれる。これを送受信機にとって最適な分布に変えてしまうというのが同社のアイデアだった。そして開発の結果,マルチパスだけでなく,通信途中で干渉波を出す電子レンジが動きだしたような場合も,自動的に通信経路を最適化して通信を再開できるようになったという。

 具体的には以下のようにした。送信機と受信機はそれぞれ2.4GHz帯と5GHz帯のアンテナ素子の組を6組備えている。それぞれの組が約60度の範囲をカバーし,6組で360度をカバーしている。受信機では6組のうち,ある2組がダイバーシチ・アンテナとして常に動作し,さらにその2組が高速に切り替わりながら受信信号の電力が最大になるアンテナの組み合わせを常に探している。

 一方,送信機は受信機に比べてゆっくりと電波の発射方向を変える。送信した情報のビット誤り率(BER)についての報告を受信機から受けながら,BERが最小になる電波の送信方向を探している。BERが最小になる送信機の送信方向と受信機にとっての電波の信号電力が最大になる方向が一致すると,それがその時点での最適な通信経路ということになる。「苦労したのは,通信経路のサーチをいかに早く収束させるか。特に送信機の方向走査をあまり速くすると収束しなくなる問題があり,適切なアルゴリズムを見つけ出すのに約1年かかった」(ソニーの森氏)という。

 こうしたアンテナの制御は,無線LANのドライバ用ソフトウエアで実行している。アンテナ自身も「プリント基板上のパターン・アンテナ,および低周波向けの10~20円という安いソケットなどを利用して低コストで実現した」(森氏)という。

 ソニーにとって,今回の技術はアンテナを小型化したり,携帯電話機に搭載したりすることを目指して開発したものではない。ただし,この技術で通信距離が延びたり伝送の信頼性が上がったりするのであれば,アンテナ素子を小型化する方向への応用もあるだろう。ソニー自身,「今後のMIMO対応製品の中に組み込んで,独自の付加価値を加えていくことには役立ちそうだ」(森氏)としている。