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 ワークステーションの登場を機に,コンピューティング・パラダイムが大きく変容する。メインフレームやミニコンのように,大型のコンピュータに端末をぶら下げるというトポロジーではなく,ネットワーク重視のコンピューティング環境が生まれた。ネットワークにつながった複数のコンピュータが互いに連携動作する「分散コンピューティング」という概念が広まり始めたのだ。

オフィスでも一人一台の時代に

 エンジニアリング用途では,一人一台のコンピュータ環境が実現したものの,オフィス用途のコンピュータ環境が一変するのには,パソコンの普及を待たなければならなかった。

 パソコンは,それまでのコンピュータ業界とは全く異質の産業構造を採る。以前のコンピュータ業界では,ハードウエア技術からソフトウエア技術まですべてを持ち備えた企業のみが,垂直統合型の開発スタイルによってコンピュータを事業化できたのだ。

 ところが,パソコンの登場により,水平分業型の開発が主流となる。パソコンの主要部品であるマイクロプロセサは主としてIntel社が,OSは米Microsoft Corp.が提供する。グラフィックス用LSIやHDDなどの周辺機器も,それぞれの専業メーカーから手に入れられる。こうした主要部品を持たない企業でもパソコン市場に参入できるようになり,価格競争は激しさを増した。1990年代には,米Compaq Computer Corp.(その後,HP社が吸収合併)が価格引下げの先導役となり,パソコンの価格は大幅に下落した注2)。このおかげで,オフィスにおける一人一台のコンピュータ環境が実現し,今では家庭に一台,さらに一人複数台のパソコンを利用する時代を迎えるに至った。

注2) 1990年代初めまで,日本のパソコン市場は海外企業にとって閉鎖的だった。ところが1992年に,Compaq社が12万8000円と,当時には破格のパソコンを日本で発売し,日本市場の扉をこじ開けた。これを機に,日本でもパソコンの価格低下に拍車が掛かったことから,この出来事は「コンパックショック」と呼ばれるようになる。

ケータイへ,そしてクラウドへ

 コンピュータのコモディティー化はいつまで続くのか。パソコンが普及したことで,一人一台のコンピューティング環境は実現した。次なる課題は,「いつでも,どこでも」コンピュータを利用できるようにすることである。2001年ごろ,コンピュータ業界は「ユビキタス社会」を目標に掲げ,生活に密着した情報機器の開発に取り組んだ。

 結果的に,このユビキタス社会の実現に最も近い存在だったのが携帯電話機だ。携帯電話機は,そもそも移動先における通話を実現するための道具という位置付けで開発が進んだが,2000年以降はその目的が一変する。インターネット接続機能が当たり前となり,カメラが搭載され,動画の撮影が可能になり,ゲームも楽しめる。そして電子マネーの機能も実装され,テレビの視聴も実現した。いわば,身に着ける情報機器としての側面が強化された。携帯電話事業者の売り上げ構成でも,通話料をパケット料収入が上回るようになり,世界中で「ユビキタス端末」として認知されるようになった。携帯電話機に加え,テレビもゲーム機も自動車もネットワークにつながるようになる。今後は,パソコン以外の情報機器も巻き込みながら,新たなコンピューティング・パラダイムが誕生することだろう。

 ここに目を付けているのが米Google Inc.だ。同社は,クラウド・コンピューティングというモデルを提唱する。クラウドとはネットワークのことを指すわけだが,Google社はネットワーク上に存在する膨大な数のサーバーを連動させる。このサーバー全体のコンピューティング・パワーをネットワーク経由で端末に提供する。つながる情報機器の性能がさほど高くなくても,豊かなコンピューティング環境を利用できるというわけだ。そのGoogle社は,「Android」と呼ぶ組み込み機器向けの開発プロジェクトを推進している。ネットワークにつながるあらゆる機器に対して,クラウド・コンピューティングのご利益を提供する。