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 ところが,こうした激しい競争で磨かれた技術を,世界の市場で発揮する機会は限定的であった。携帯電話サービスの通信方式が,国内と海外で大きく異なっていたことに起因する。例えば第2世代の携帯電話(デジタル方式)においては,NTTなどが開発したFDD-TDMA方式である「PDC(personal digital cellular)」を国内で導入したが,欧州ではGSM方式が,米国ではTDMAやCDMA(IS-95)といった方式が用いられ,PDCは日本独自の方式となってしまった。PDCはほかの方式に比較して,周波数利用効率や端末の消費電力低減のための工夫など優れた点が多かったが,世界の他地域での採用という点ではGSMの後塵を拝する結果となった(図3)。

【図3 主な移動体通信方式の変遷】携帯電話で利用する移動体通信方式の変遷を,地域別に示した。第3\.9世代の方式は今のところ,「LTE」に統一されている。
図3 主な移動体通信方式の変遷
携帯電話で利用する移動体通信方式の変遷を,地域別に示した。第3.9世代の方式は今のところ,「LTE」に統一されている。
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巻き返し図る3Gも無念に

 「世界共通の方式を実現し,それによって日本の優れた携帯電話技術のパワーを世界市場で発揮する」――。こうした国内携帯電話関係者の悲願とも言えるのが,第3世代移動体通信システム「IMT-2000」(いわゆる3G)である。2GHz帯近辺に世界共通の周波数帯を設け,音声通信のほかに数Mビット/秒の高速データ通信サービスを同時に実行するという狙いで標準化が進められた。

 日本勢は,PDCで孤立したときの二の舞を避けるべく,早期からスウェーデンEricsson社など欧州勢と共同歩調を取り,W-CDMA技術を推進した。一方で米国では,米Qualcomm Inc.が開発した技術をベースとしたCDMA2000方式を掲げ,標準化において真っ向から対立した。政治的な動きも絡めながら激しい標準化争いを経た後,結果的にはどちらの方式もIMT-2000に包含されることになった。

 NTTドコモは,このW-CDMAを利用した携帯電話サービスを,世界に先駆けて大規模展開した。これにより,日本は世界の先を行く格好で「3G大国」となった。日本の端末メーカーは,国内市場向けに培った3G関連技術を海外に展開することで,携帯電話市場におけるシェアを大きく高めるという筋書きを描いていた。

 しかし,ここでも目算違いが起きた。同じW-CDMAではあるが,日本で採用された仕様と,その後欧米で採用された仕様が微妙に異なっていたのだ。こうした理由も背景にあり,日本から遅れて欧米で3Gサービスが開始されても,日本の端末メーカーの採用数が伸びるという形にはつながらなかった。NTTドコモが早期にW-CDMAサービスを開始したことが,結果として欧米諸地域のサービスとの互換性を失わせることになったとの見方から,「日本の3Gは早すぎた」という批判につながった。