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山田日登志氏
山田日登志(やまだ・ひとし)
1939年岐阜県生まれ。南山大学文学部を卒業後,中部経済新聞社記者,岐阜県生産性本部の経営コンサルタントを経て,1978年に生産管理者のための研修道場であるPEC産業教育センターを設立。トヨタ生産方式の創始者である大野耐一氏に師事し,工場の再建を手掛けた企業にはキヤノン,ソニー,スタンレー電気,トステムなどがある。(写真:宮田昌彦)

 多くの工場が抱える最大の問題点は仕掛かり,つまり「物の停滞」である。物が停滞していると,当然のことながら生産リードタイムは長引く。さらに,停滞している物が増えると保管に大きなスペースを取り,そこから必要な物を見つけ出す「探すムダ」や,それを次工程に運ぶ「運搬のムダ」が生じる。

 では,なぜ仕掛かりが増えてしまうのか。原因の一つに,工程間の「生産テンポのズレ」がある。例えば,前工程では1時間に12個の製品を流しているのに,後工程では1時間に10個を流しているとすれば,工程間に毎時2個の仕掛かりがたまっていく。これが製品ではなくロットだったら,工程間にたまるのは毎時2ロット。ロットの単位が大きければ大きいほど,仕掛かりの数が増えることになるのだ。とにかく小刻みに,一定のテンポで物を流すこと,これこそが仕掛かりを減らす基本なのである。

 山田日登志。生産現場のムダを排除する「ムダとり」の生みの親で,PEC産業教育センター(本社岐阜市)所長は,山本製作所東根工場(山形県東根市)でのカイゼン指導でまさに,その基本を実践した。穀物の乾燥機やコイン精米機などの農業機械を生産する山本製作所は,資材の高騰と農機市場の縮小にさらされ,更なるコスト圧縮の必要性に迫られていた。生産改革が待ったなしの状態だった。

 山田がメスを入れようとしている東根工場における生産の流れはこうだ。資材を加工工程に運び,(1)「抜き」(2)「曲げ」(3)「溶接」を施して部品を造る。その部品に(4)「塗装」をし,塗り上がったら(5)「組み立て」をして完成品にする。

 山田がその日,工場に足を踏み入れて最初に目を付けたのが(4)の塗装ラインだった。部品のロットは20台。それぞれをハンガーにつり下げ,ラインをぐるっと1周して戻ってくるまでに120分。塗る色を変える「段取り替え」には40分を要していた。塗装工程は工場の中で最も生産スピードの遅い「ネック工程」で,この前後に多くの仕掛かりがたまっていたのだ。

 指導のポイントは二つあった。一つは,塗装ラインに流す部品のロットを20台ずつではなく5台ずつに減らすこと。もう一つは,塗装する色を曜日ごとに決めてしまうことだ。「残業してでも塗ってまえ」と山田は宣言した。なぜ残業なのか。もともと生産にムラをなくし,平準化するのが山田の目的だったはずである。なのになぜ,残業してでもやれと言うのだろうか。

 山田は塗装工程の担当者に言った。「1週間に何を塗るか決めてまうとええんや。とにかく決めてまうことが大事なんや。決めると何がええんか。管理ができるようになるんだよ。今は,何色をいつ塗るかは塗装工程の責任者の頭ん中だけで決めとるから,前工程のスポット溶接の人は何をいつまでに用意せんといかんかが分からない。分からんから取りあえずたくさん造ってまうのな。それが全部,仕掛かり品になる。でも,こうやって決めてまえば,『月曜日の午前までにこれが必要や』とかゆうことが分かる」

「はぁ」。塗装担当者は戸惑いながら相槌を打つ。

「これを毎週,繰り返すのな。繰り返すと何がええんか。正常と異常が分かるようになる。いつもと違えば異常。これができると管理が楽になる」

「そうか!」。それまで山田の話を横で聞いていた生産資材管理部長の大沼信彦はピンと来た。「先生,分かりました。何よりもまず,塗る色を決めて,変えないことが大切なんですね」

「そうそう」。山田は応じた。

「塗装課が毎週火曜日に残業でも,それは仕方ないと」

「そうそう。その代わり,水曜日は午後3時に帰ってええよーとかね。とにかく決めた色だけは塗って帰ってくれよと。でもまあ,僕がざっと見る限り,残業したり早く帰ったりすることにはならん思うよ。流す機種が違うったって,どうせ数量はそこまで違わんのやから」

 山田は,ネック工程をペースメーカーとして,工場全体の物の流れを整えようとしていたのだ。ネック工程,すなわち塗装工程は,いわば工場全体の物の流れを交通整理する「警官」で,5台ロットや塗装する色の1週間スケジュールは「交通規則」だ。工場はこれを基準に動くので,その規則を変えてしまうとほかの工程や外注先にまで影響を及ぼす。だからこそ,多少の犠牲を払ってでも規則は変えないことが重要なのだ。山田が言いたかったのは,つまり「残業しろ」ということではなく,「一度決めたルールを簡単に変えるな」ということだった。

「分かりました。ありがとうございます!」。自身は得心した大沼であったが、まだ大仕事が残っていた。仕事のやり方を大きく変えることを現場に納得してもらわなければならない。=敬称略