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山田日登志氏
山田日登志(やまだ・ひとし)
1939年岐阜県生まれ。南山大学文学部を卒業後,中部経済新聞社記者,岐阜県生産性本部の経営コンサルタントを経て,1978年に生産管理者のための研修道場であるPEC産業教育センターを設立。トヨタ生産方式の創始者である大野耐一氏に師事し,工場の再建を手掛けた企業にはキヤノン,ソニー,スタンレー電気,トステムなどがある。(写真:宮田昌彦)

 農業機械メーカーの山本製作所は,仕掛かりと生産リードタイムを半減するために,生産方式を大きく変えようとしていた。指導するのは生産現場のムダを排除する「ムダとり」の生みの親,PEC産業教育センター所長の山田日登志。山田はまず,塗装工程に目を付けた。塗装工程は工場の中で最も生産スピードの遅い「ネック工程」で,この前後に多くの仕掛かりがたまっていた。山田の指導のポイントは二つ。一つは,塗装ラインに流す部品のロットを20台ずつではなく5台ずつに減らすこと。もう一つは,塗装する色を曜日ごとに決めてしまうことだ。ネック工程をペースメーカーとして,工場全体の物の流れを整えようとしていたのだ。

 改革推進の実務を担うことになったのは生産資材管理部長の大沼信彦だった。大沼は,早速シミュレーションに取り掛かった。曜日ごとに塗装する色を決めて部品を流しても,定時で仕事を終えられるかどうかを調べるためだ。全13機種のうち,生産量の多い4機種の塗装を月~木曜日に1機種ずつ充て,残りの9機種を金曜日に3機種ずつ交代で生産する。そう仮定して,各機種の部品表から塗装する色ごとに部品を分類し,その点数から塗装時間を割り出していった。結果を見て,大沼はがくぜんとした。流す機種の組み合わせをあれこれ考えずとも,その生産計画で就業時間内にすっぽりと収まったからだ。

 「いける」。そう確信した大沼は,社長の山本丈実や生産本部本部長の佐藤隆二らに報告し,ゴーサインをもらった。しかし,大きなハードルがあった。カイゼン活動は従来のやり方にメスを入れること。従業員や協力会社にとって痛みを伴うことでもあるからだ。

会議室がざわめき大沼は反論を覚悟した

 大沼は1978年に山本製作所に入社してからずっと,プラント設計や商品開発・設計の技術者として歩んできた。ところが2年半前に突然,生産管理部門の責任者を命じられた。工場の生産ラインにおいては自分は素人だ。現場の皆は果たして,そんな自分の言うことを聞いてくれるのだろうか。

 かかる不安を抱いて臨んだ製造会議。大沼は,今まで感じたことのない緊張感に包まれながら皆の前で話し始めた。

「以前からお話ししている通り,資材価格の高騰や農業機械の厳しい市場環境という苦境を乗り越えるには,平準化生産を推進し,ムダのない生産システムを確立する必要があります。そこで当社は,PEC産業教育センターの山田先生をお迎えして,ご指導を頂いております」

 深呼吸をして,再び続ける。

「山田先生のご提案もあり,塗装工程で塗る色を基準に,工場の生産計画を立てることにしました。その色に対応して『月曜日はこの機種』『火曜日はこの機種』というように,1週間単位で生産スケジュールを決めます。ただし,これを実施するにはあることをしなくちゃなんない」

 大沼は従業員たちの目をしっかり見つめて言葉を続けた。「完全週休2日制。つまり,祝祭日は休めなくなるってことです」

 会議室がざわめく。大沼は反論を覚悟した。だが,ざわめきはすぐに収束し,反対の声を上げる者はついに出てこなかった。「皆さんには負担をおかけしますが,ご協力よろしくお願いします」

 大沼はその後,平準化生産にまつわる説明を続け,懸案だった会議を無事乗り切った。実のところ,従業員の本音は分からない。だが,この製造会議は実に大きな転換点になった。2回目の指導で来社した山田は驚いた。1週間のスケジュールに合わせて塗装ラインを運用し,塗装する部品を5台分ずつのロットで流す。1回目に指導した内容がほぼ実践されていた。山本製作所のメンバーは卓越した「遂行力」を発揮したのだ。

 実は,山田には決めていたことがあった。カイゼン活動で何より大切なのは,現場がカイゼンに自発的に取り組むようになること。「それが実践できるようになるまで一緒に現場に立ち,考え方をトコトン教え込もう」と考えていた。塗装工程の変革は「自発的な取り組み」のきっかけとなった。これを契機に山本製作所のメンバーに自立性が芽生えた。その後,加工工程,資材置き場のカイゼンを進め,カンバン方式による引き取り生産が軌道に乗っていく。その結果,仕掛かりは1.2億円から0.6億円と半減し,生産リードタイムの6日から3日に短縮することができたのだった。

 ムダとり指導の最終日,山田は工場の若手に声を掛けた。

「ま,頑張ってくれな」
「はい」

 その若手はにかんだような笑みを浮かべた。そして山田は歩き出した。こんな純朴な笑顔に出会うたびに,山田は思うことがある。カイゼンを続けるのは,何も,生産効率を上げて会社の利益を増やすためだけではない。工場で働く人たちの,こんな笑顔を見るために続けているのだ---と。=敬称略