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1チップでいこう

矢田 朗氏
矢田 朗氏
CMOSカメラで取り込んだ画像信号の処理を行うICの開発を担当する。現在の肩書は,シャープ IC事業本部 CCD事業部 第4商品開発部 主事。(写真:的野弘路=本社映像部)

 10月,いよいよカメラ付き機種の開発にゴー・サインが出た。その知らせを追うように,広島から画像処理用ICのイメージ図が矢田の元に送られてくる。既存の画像処理用DSPと,新規開発のゲートアレイを組み合わせた2チップ積み重ね(スタック)型のICである。既存DSPは,CMOSセンサからの信号を受け,露出やホワイトバランスを制御するためのもの。IC事業本部が別の製品向けに開発したものだった。

 矢田は上司に問い掛ける。

「何で2チップ構成なんですか」
「急ぐんで,取りあえず今のチップで間に合わせといて,いずれ1チップにするんやて」
「ですけど,2チップは不都合が多いですよ。本来重ねることを想定していないチップを重ねたら,検査できん端子も出てくるし,検査の時間も倍かかる。工場のスタッフがそう言ってました」

「まあ,それはそうやけど,これでもええんちゃう? 専用のICを起こすとなると,えらい人手がいるからなぁ。ええやない。労せずして既存製品がさばけるわけや。しかも,月30万台,全部で100万台やて。悪うない。おいしい話や」
「でも,ちょっと売れ始めたらすぐにコストダウンせえ,とか言われますよ。だったら,今から1チップにしておいた方がいいですよ」

 後になって「何でもっと早く1チップにしとかなかった」とぼやくぐらいなら,最初から1チップにしておきたい。そうだ。ぜったいにそう。でも,そのためにはどうすればいい…。そうか。広島に「1チップでお願いします」と言わせてしまえばいいのだ。

 早速矢田は,材料をそろえて広島に飛んだ。

「1チップにすれば,いらん機能を外せて,消費電力も抑えられる。『小さく』という要求をかなえるにはピッタリです。しかも,テスト期間が短縮できるから,納期もガッチリ守れる。1チップはいいですよ」
「この機種のために,一から開発してくれるいうことですか。そりゃー願ったりかなったりじゃけど,人手はあるんですか? 足りんと聞いとったけど。そんなんでうちとしては,まずは既存品を利用できんもんかと知恵を絞ったわけで」
「いやいや,それがですね…」

 幸いなことに,矢田の元に,格好の若い技術者がいた。進行中のプロジェクトがつぶれてしまったため,スケジュールがぽっかり空いていたのだ。

「彼にやってもらうんで,大丈夫です」

 広島から帰るや,早速上司に電子メールを打つ。「パーソナルの意向は1チップ」と。

 メールを受け取った上司は,状況を察しつつもこう指示した。

「やるんやったら,やれや」

ノイズが消えない

「相変わらず,『いけいけ』やね」

小山 英嗣氏
小山 英嗣氏
1997年に,それまでのCCDの担当から,CMOSセンサ担当に変わった。現在の肩書は,シャープ IC事業本部 CCD事業部 第4商品開発部 係長。(写真:的野弘路=本社映像部)

 ほっと一息ついた矢田に声を掛けてきたのは,CMOSセンサの開発を手掛ける小山英嗣である。CMOSセンサを開発する小山と,その信号を受け取るICの開発を担当する矢田は,いわばピッチャーとキャッチャーのような関係だ。

「キミの仕事は,いっつもスリル満点やけど,今度のはちょっと余裕がありそうやね」

 小山はそう言って矢田の仕事ぶりを皮肉った。しかし,そういう小山も内心は穏やかではない。CMOSセンサの開発担当で参加した直前のプロジェクトでは,大きなトラブルを経験したばかりだった。

「お客さんのためや,死んでも直せ」

 不具合が見つかるや,上司から厳しい叱責を受けた。そこに飛び込んできたのが,携帯電話機向けCMOSセンサの開発案件である。携帯電話機は出荷量がケタ違いに多い。何か起きたら,今度は厳しい叱責ぐらいでは済まないだろう。

 小山がCMOSセンサの開発部署に移ってきたのは,2年ほど前。CCDを開発してきた経験を買われたのだ。小山自身も,CMOSセンサの可能性を感じ,開発に意欲的に取り組んできた。だが同時に,その難しさも肌で感じるようになっていた。

 CMOSセンサが抱える最大の課題は,雑音対策である。構造上,CCDに比べて雑音が発生しやすい。しかも,今回の携帯電話機向け製品では大きさを,従来光学系サイズで1/4インチ型だったものを1/7インチ型まで小さくするという。それだけ画素ピッチは詰まり,雑音も発生しやすくなるのだ。

「センサによって,出たり出んかったり」
「画面が小さいから,少々のノイズなら分からんのとちゃう?」
「いや,たまに出るノイズやったらごまかせるけど,今回のノイズは安定して出とる。見てみい。線になって見えるやろ」

 CMOSセンサの雑音といえば,画面一面にムラがあるような症状となって現れるのが一般的だった。今回のように,きれいな線となって現れるのは初めてだ。

 うまい解決策が見いだせないうちに,時間は無情にも過ぎていった。小山の元には,CMOSセンサを組み込んだモジュールを開発するスタッフが,毎日のように催促にくる。最初のころは,顔を合わせたときに「どうなってます?」と尋ねられる程度だった。それが今では,小山の席まで毎日足を運んでくるのだ。

「いつになったらもらえるんですか」
「途中の段階でもええから,くださいよ」

 いよいよ行き詰まった小山は,上司に助け舟を求める。

「この辺りの技術に詳しい人間,社内におらんのですかね」
「そーやなぁ,あそこならおるんちゃうか。いっぺん話しといたるわ」

 上司の紹介で会った技術者は,画像処理ではなく,アナログ回路の専門家だった。

「どうしても,この線が消えんのですけど」
「どれどれ。回路図見せてみい」
「これですけど」
「…ここやろ。ここの回路が怪しいわ」

 徐々に雑音の原因が見えてくる。どうやら,各画素の性能バラつきを補正するための回路に問題があるようだ。

 早速,対策を打つ。すると,どうだ。どうしても消えなかった線が,跡形もなく消えている。

「できたで。後はよろしく」

 小山は,勇んで,各スタッフに報告して回る。だが気が付けば,販売までもう数カ月しかない。まさにがけっぷち。今度は小山が矢田に皮肉られる番だ。

「スリル満点やね」

―― 次回へ続く ――