PR
(前回から続く)
四ツ谷駅

 1998年8月27日。東京・四ツ谷駅前。渋滞に巻き込まれたタクシーの中で,松下電器産業 マルチメディア開発センター 情報グループ 情報第3チームの主任技師・和田浩美は,窓外の雑踏に目をやった。ひざの上には厳重に梱包された試作ボード。配送業者の手に委ねて,万一何かあっては取り返しがつかない。常に関係者が手運びすることが義務付けられた「宝物」だった。和田が臨むのは待ちに待った交換対向試験。NTTドコモ側の応対から,和田は松下通信工業が一番乗りで試験にこぎ着けたことを半ば確信していた。

「あー,動かへんかったらどうしよう」

 和田は車中の同僚たちに明るく語り掛けた。その笑顔は,内に秘めた後ろめたさと裏腹だった。当初,NTTドコモが提示した計画では,交換対向試験は6月~7月の間に実施することになっていた。既に予定から2カ月も遅れている。

和田浩美氏
松下電器産業 マルチメディア開発センター 情報グループ 情報第3チーム 主任技師(当時)の和田浩美氏
(写真:山田哲也)

 その責を和田に問う者がいたわけではない。何せ和田が今回の開発に参加したのは,わずか4カ月前の4月のことだった。同じ情報第3チームの主席技師(副参事)・田中康宣から作業を引き継ぎ,携帯電話機に搭載するブラウザの開発を託された。それまで和田は,松下電器産業の研究所で,電子メールの送受信が可能な携帯機器向けのソフトウエア開発を担当していた。

 着任から4カ月。これほどの短期間で交換対向試験までたどり着けたのは,和田の経験からすると奇跡とも思われた。しかしそれは納品先のNTTドコモに対して何の言い訳にもならなかった。研究所に身を置く自分たちはまだしも,事業サイドの人間には大きなプレッシャーがかかっていることは容易に想像できた。

 そんな圧力から,極力和田たちを遠ざけてくれたのが,松下通信工業 パーソナルコミュニケーション事業部 開発技術部 ソフトウェア2課 係長(主事)の加藤淳展だった。加藤は,今回のソフトウエア開発を統括し,NTTドコモに開発の進捗状況や納品の時期を伝える役割を担っていた。

「そっかぁ…」

加藤淳展氏
松下通信工業 パーソナルコミュニケーション事業部 開発技術部 ソフトウェア2課 係長(主事)(当時)の加藤淳展氏
(写真:周慧)

 交換対向試験を当初の計画通りに実施するのは難しいと,和田が加藤に伝えた時,加藤は理由も聞かず,ただこう繰り返すだけだった。加藤はいつも温厚な口調で和田に語り掛けた。和田の報告より前に,加藤から尋ねることは一度としてなかった。和田ら開発陣が,寝る間も惜しんで作業を続けていることを,加藤も十分分かっていた。もちろん,NTTドコモに開発の状況を報告する窓口の加藤が,作業の遅れを追求されていないわけがない。加藤の態度が優しければ優しいほど,その裏にある苦労がうかがえ,和田は胸を痛めた。

「あ,和田さんあれですよ」

 同僚の声で前を向くと,NTTドコモの施設が見えてきた。

「和田さん,頼むよぉ。信じてるからね」

 前日の電話で,加藤に言われたひと言が,和田の耳にこだました。

「メール,送っちゃおうか」

 タクシーを降りた和田たちを,NTTドコモの担当者がロビーで出迎えた。

 NTTドコモの担当者は,開発の遅れに苛立つそぶりも見せず,この日を待ち望んでいたと喜ぶ。いつも飾らず元気な担当者に,和田らは好感を抱いていた。

 和田ら4名が通されたのは,地下2階のガランとした広い部屋。携帯電話網の基地局などの機器が棚に詰まれ,整然と並んでいる。人けを感じさせるのは,折り畳み式の長テーブルと一式のパイプいすだけだった。

 松下通信工業 パーソナルコミュニケーション事業部 ソフトウェア技術部 ソフトウェア5課の村本武志が,早速試作ボードをテーブルに置き,基地局との間をケーブルでつなぎ始める。この日の試験では,試作ボードと基地局の間は無線ではなく直接ケーブルでつなぐことになっていた。試験の目的が無線通信ではなく,電子メール送信に必要なアプリケーション・レイヤのソフトウエアとHTTPをつかさどるソフトウエアの動作確認だったからである。あわせてコンテンツを閲覧するブラウジング機能のテストもできるに越したことはなかったが,ブラウザの開発に一から取り組んでいた松下通信工業にそこまでは望むべくもなかった。

 村本は試作ボードに電源の安定化装置をつなぎ,コンセントにプラグを差し込んだ。スイッチを入れると試作ボードの液晶ディスプレイに起動を知らせる文字が浮かぶ。村本はほっと胸をなで下ろした。出来たての試作ボードは,いつ動かなくなってもおかしくなかった。

 この日の試験では,試作ボードはケーブルで接続した基地局からDoPa回線を経て,東京・神谷町にあるNTTドコモの施設につながっている。神谷町の施設に設置されたサーバに電子メールが無事に届けば,交換対向試験は成功裏に幕を閉じることができる。
「どうやるの。どうやるの」

 村本がセッティングを終えると,NTTドコモの担当者は,触りたくて仕方がない態度もあらわに村本に語り掛けた。猛スピードで間に合わせた試作ボード。ボタンを押す順番を間違えただけで,動作が停止する可能性もある。まずは,操作の「作法」を知る村本が手本を示すことにした。

 村本は,小さな液晶画面をのぞき込みながら,作業を進める。最初の関門はDoPa網への接続だ。村本が幾つかのボタン操作を終える。一同は,液晶画面を食い入るように見つめた。突然,画面が変わった。DoPa回線に接続中の表示が映し出される。
「DoPa,通った。オッケー,オッケー」

 その後も,数々の試験項目が,着々とクリアされていく。

「HTTPもつながったよ。よーし」

 確認を要する項目は,50に及んだ。電子メールを送信する前に,山ほどチェックすべき点があった。一喜一憂を繰り返すうちに,次第に一同の緊張はほぐれ,心地よい疲労感が漂い始めた。

「ねぇ,もう,送っちゃおうか」
 口火を切ったのはNTTドコモの担当者だった。

「え。メールをですか? まだそこまで行ってないですけど」
 和田ら一同,目を丸くした。

「いーよ,もう。もしうまくいかなかったら,どこが問題なのか後から調べればいいじゃない。大丈夫でしょ。あ,ひょっとして自信ないの」

「何ゆうてるんですか。もちろんいけますよ」

 売り言葉に買い言葉。和田はつい口走ってしまった。大丈夫と太鼓判を押せるほどの確信はなかった。しかし技術者のプライドが,できませんとは言わせなかった。どの道,ジリジリと縄を締め上げるようなテストを続けるよりも,今ここで白黒はっきりつけてもらったほうが早く楽になるというものだ。和田は覚悟を決めた。

「じゃあ,思い切ってメール,送ってみようか」
 担当者のひと言に,和田らは大きくうなずいた。

マ・イ・タ・ケ?

「メール,誰に送ろうか」

 NTTドコモの担当者は周囲の顔を見回す。村本がすかさず名乗りを上げた。
「僕の会社のアドレスに送りましょう」

 早速村本は,試作ボードのキーボードをたたく。電子メールの内容は「1234567890」という数字の羅列。うまくいけば,これがiモード・メールの第1号になる。

「準備,できました」
 村本はNTTドコモの担当者の顔を見た。一同,黙ってうなずく。

「よし,行けー」

 担当者の掛け声に合わせて村本が送信ボタンを押した。待つこと数秒。試作ボードの画面には送信完了を伝える文字が出た。

「……」

 室内に沈黙が広がる。一同は互いの顔を見合わせて反応をうかがった。

 突然,「わー」という叫び声が部屋中に響き渡った。内線電話のスピーカからである。神谷町の担当者と会話するために,回線をつなぎっ放しにしていたのだ。

 慌ててNTTドコモの担当者が神谷町のスタッフに話し掛ける。
「どうした,何事だ?」

「あの,急にメールが…」

 神谷町のオフィスが驚きに包まれるのも無理はない。まだ誰も使うはずのないサーバに,予告もなくいきなり電子メールが飛び込んで来たのだから。

「それ,誰あてのメールだ?」

「えっとー」

 もしこれが,村本が自分あてに送った電子メールであれば,交換対向試験は大成功だ。村本…,村本…,和田はこの名前が呼ばれるのを待った。

「…ま,まいたけさんです」

「まいたけ?」

 全員,拍子抜けした。試験は失敗したのか,成功なのか。中途半端な気持ちのまま,NTTドコモの担当者はスピーカに問い掛けた。

「誰だ,まいたけって,村本さんじゃないのか」
 声を荒げて確認を促す。

 緊迫した空気の中で1人だけ,顔を赤らめて黙っている人間がいた。
「まいたけじゃなくて,エムタケですよ。きっと…」

 村本がボソリと言った。村本のメール・アドレスは,村本の「m」に武志の「take」をつなげた「mtake」だったのだ。

「あ,そうでした。エムタケさんです」

 スピーカからこう返答があった瞬間,一同は笑いに包まれた。みんな涙が出るほど大声で笑った。その涙は,試験が無事成功した喜びの証しでもあった。

試験は,もう終わりました

「実は松下さんのボードで試験が終わったんですよ。これから御社のボードでも試験するかというと…。もう時間がないんでねぇ」

 NEC 第三パーソナルC&C事業本部 モバイルコミュニケーション事業部 第二基礎開発部 技術課長の西山耕平は,NTTドコモの担当者の発言に,なすすべもなく肩を落とした。半分予期していたとはいえ,現実を目の当たりにすることはつらかった。

 松下通信工業が交換対向試験を実施した直後。西山は必死の思いで作り上げた試作ボードを,横須賀リサーチパーク(YRP)にあるNTTドコモ 移動機開発部に持ち込んだ。そこで西山を待っていたのは,松下通信工業に後れを取ったという厳然たる事実だった。

 本来ならばNTTドコモも,数社のボードで交換対向試験を実施した方が確信を持てる。それすらもできないほど,NTTドコモの開発陣も,のっぴきならない状況に追い込まれていた。交換対向試験が遅れれば,NTTドコモが用意するサーバの開発が間に合わなくなる。端末の開発を指揮する移動機開発部には,コンテンツ担当のゲートウェイビジネス部から連日矢のような催促が飛び込んでいた。

「そうですか…」

 もはや西山は,現実を受け入れてその場を立ち去るしかなかった。いたずらに交換対向試験にこだわっても,ただでさえ遅れている開発がなお一層悪化するだけだ。交換機との接続については,シミュレーションでの試験結果を信じて試作ボードを使い続けるしかない。

スケジュール
(写真:酒井俊春)

 製品の納期の遅れが,西山の口をなおさら重くしていた。NTTドコモが予定していた1998年12月のボーナス時期の発売は事実上不可能だった。既に西山は,上司を伴ってNTTドコモに発売時期の繰り延べを願い出ていた。他の携帯電話機メーカーも同様な進捗状況にあり,NTTドコモはついにサービスの開始自体を1999年2月に延期した。

「そういえば来月,商品提案をしていただけるんでしたよね?」

 NTTドコモの担当者のひと言に,立ち去り際の西山は振り向いた。西山の顔つきが心持ち和らぐ。商品企画では取って置きの「隠し玉」を用意していたのだ。

「きっと,喜んでいただけると思います」

 西山のこの言葉に,偽りは無かった。

情報を漏らすな

「NECは,2つ折りのケータイで勝負したいと思っています」

 1998年9月。東京・神谷町の森ビルにオフィスを構えるNTTドコモ ゲートウェイビジネス部の会議室。NECの西山は,集まった面々を前に,こう切り出した。

 会議室に勢ぞろいした顔ぶれを一瞥(いちべつ)して,西山はあらためて息をのむ。榎啓一,夏野剛,松永真理など,普段顔を合わせたことがないコンテンツ開発チームの主力メンバーがそろい踏みだ。ほかにも移動機開発部の責任者や営業担当者など,この場で大抵のことは決められる権限を持った者が一堂に会している。それでも西山は臆することがなかった。西山をはじめ,NECの開発部隊は今回の製品に絶対の自信を持っていた。

西山耕平氏
NEC 第三パーソナルC&C事業本部 モバイルコミュニケーション事業部 第二基礎開発部 技術課長(当時)の西山耕平氏
(写真:酒井俊春)

 ――例の件,絶対に社外に漏らすな。

 事前に西山は,事業担当部長に呼び出されて何度も念を押されたほどである。事実,付き合いのある外部メーカーから情報が漏れぬよう,西山は徹底して気を配っていた。

 西山らがそこまで慎重に守り抜こうとしていた仕様は,画面に映し出す文字数だった。NTTドコモが各メーカーに配った仕様書は,画面に表示する文字数を全角8文字×6行と規定している。西山は,ここでこそ他社に差をつけるべきと主張した。ブラウザを搭載する携帯電話機のキラー・アプリケーションは電子メールだと踏んでいたからだ。NTTドコモの仕様では,携帯電話機で受信できる電子メールは最大半角250文字。すべてとは言わずとも大抵の電子メールを1画面で表示するには,8文字×6行では少な過ぎる。

 西山らは,これを大幅に上回る文字数の実現を画策した。その結果出てきたのが全角10文字×10行という仕様である。半角200文字を一度に映し出せる。

「2つ折りの特徴を生かして,大画面の液晶を採用することにしました。表示も10文字×10行と無理なく電子メールを読める仕様になっております」

 西山は用意したモックアップを手に,商品力の高さを力説した。急ごしらえのモックアップは,塗装すら間に合わず,むき出しのMg合金の筐体を鈍く光らせている。

 実は,2つ折り方式の採用について,NECの社内には反対の声が根強かった。理由は材料のコストである。2つ折りにすると,一体型の端末に比べて材料コストがかさむ。西山は,1998年5月に投入した2つ折り携帯電話機「デジタル・ムーバ N206S HYPER」が,順調に販売台数を伸ばしていることを引き合いに出し,社内の説得に努めた。しかし,海のものとも山のものともつかないブラウザ搭載機に対し,好意的な意見はほとんど得られなかった。

 ――果たしてNTTドコモはどう受け止めるのか。西山は目前に座る責任者達の反応に逐一目を光らせた。

林啓一氏
NEC 第三パーソナルC&C事業本部 モバイルコミュニケーション事業部 第二基礎開発部 主任(当時)の林啓一氏
(写真:酒井俊春)

期待が少ないから自由に作れた

 西山に引き続いて,共に開発に従事していたNEC 第三パーソナルC&C事業本部 モバイルコミュニケーション事業部 第二基礎開発部 主任の林啓一も,一押しの機能を次々と紹介する。

 携帯電話機で電子メールを送るためには,従来の辞書では満足に文字が打てない。電話帳の編集ができれば十分だった従来機では,カタカナ入力が主流だったからだ。たとえ漢字変換機能を備えていても,単漢字変換がせいぜいだった。そこで林は,文章の連文節変換機能の導入を提案した。西山は当時をこう振り返る。「期待が小さいから,自由にやらせてもらえた。もし同じことを今の携帯電話機でやろうとしたら,とんでもないパワーを必要とするだろう」。

 ――「こんなに大きい画面だと,電話帳が見やすくていいよね」
 榎が笑顔で林を見る。

「はい。10文字×10行ありますんで,余裕をもって文字を配置できました」

 林は緊張した面持ちで答える。西山もここぞとばかりに売り込む。

「これだけの液晶パネルは,2つ折りの携帯電話機にしか実装できません」

「うん,いいね」

説明を聞き終えたNTTドコモの面々の反応は,おおむね良好だった。コストを懸念する意見は出なかった。西山は人知れず安堵の息を漏らした。

 西山はまだ知らなかった。ここまでの抜本的な機能強化がその後,自身を失意のどん底に陥れることになろうとは。

=敬称略

―― 次回へ続く ――