PR
(前回から続く)
濱村正夫氏
三菱電機 通信システム統括事業部 移動通信端末事業センター 技術第一部長(当時)の濱村正夫氏
(写真:周慧)

 1998年の晩秋。大阪・尼崎の三菱電機。携帯電話機の開発現場を指揮する三菱電機 通信システム統括事業部 移動通信端末事業センター 技術第一部長の濱村正夫には,ひそかにライバル心を燃やすメーカーがあった。富士通である。ブラウザを搭載する携帯電話機の発売が1998年12月から1999年2月に延期になると決まった時,NTTドコモからこう聞いたからだった。NECと松下通信工業の開発が大幅に遅れている。この2社と比べるとスタートが遅かった富士通と三菱電機の方が,むしろ先行して作業を進めているというのだ。少しでも早く製品を売り出したいNTTドコモは,富士通と三菱電機の開発の進捗状況を見て,2月ならば大丈夫だろうと発売時期の照準を定めたという。

「富士通に先を譲るな」

 濱村は今度こそ,納期を遵守すると意気込んだ。

 濱村が常々「素人集団」と称していた通り,開発メンバーの多くは他の部門から招集された半ば新人だった。それでも濱村は果敢に,初めて携帯電話機に32ビット・マイコンを採用するという賭けに打って出た。たとえ素人の集まりであっても,やる気にあふれた人材をそろえたという自負があった。事実,新人技術者の熱の入れようは,濱村の期待を満たして余りあるほどだった。彼らの奮闘は実を結び,いよいよ作業は最終局面を迎えていた。

「お前らならできる」

 濱村の怒号が,技術者が詰める大部屋に響き渡った。

「PDA」にしてはならない

 濱村が納期を守るために徹底して貫いた方針は,NTTドコモの仕様を確実に実装することだった。NTTドコモの意向に沿わないデザインや新機能を提案して作業を滞らせている暇はなかった。とりわけ気を使ったのは,大きさや使い勝手を従来の携帯電話機と極力同じにすることだった。

 ――PDAにはしないでほしい。

 濱村はNTTドコモの担当者からこう釘を刺されたことがあった。携帯電話機にWWWサイトの閲覧や電子メールの送受信機能を盛り込んだからといって,画面や筐体がPDAのように大型になったり,携帯電話機の使い勝手が大きく変わってはならないとのことだった。濱村はその意を酌んで,既存の三菱電機製の携帯電話機に可能な限りデザインを近付けることにした。濱村の狙いは確かだった。他社がデザインを確定するまでにNTTドコモから何度もやり直しを命じられていたにもかかわらず,三菱電機はデザイン案についてほぼ「一発OK」の回答をもらっていた。

「へぇ,ここまで小さくなるの」

 製品の最終提案の場で,NTTドコモ ゲートウェイビジネス部の松永真理は,三菱電機が提示したモックアップを不思議そうな顔をして手に取った。

 小型のモックアップは数々の技術上の工夫に裏打ちされていた。液晶パネルのサイズを従来機と同等に収め,筐体の大きさが従来機を大幅に上回ることのないように努めた。8文字×6行と多い文字数を,従来機に近い表示領域に映すため,フォントを小さくした。単純にフォントを縮小すると文字がつぶれてしまう。そこでシャープが開発した「LCフォント」を採用した。文字を縦長にするなどの工夫で,液晶ディスプレイ上で細かい字を読みやすくしたフォントである。

 濱村らは,筐体を小型にするために,ボタンの数も減らした。これを可能にしたのが「イージーセレクター」と呼ぶ新型ボタンである。イージーセレクターは画面の真下に付けたカマボコのような形をしたボタンで,上下に動かして画面のスクロールやメニューの選択ができる。押し込めば,決定ボタンの役目も果たす。ブラウザの基本的な操作を1つのボタンで実行できるわけである。従来機では他のボタンにあてがっていたアドレス帳の操作などもイージーセレクターに割り振った。この結果,ボタンの数は18と,1998年1月に発売した三菱電機製の携帯電話機「デジタル・ムーバD206HYPER」の20をさえ下回った。

イージーセレクター
日経エレクトロニクス1999年3月22日号(no.739)の「「ケータイ」進化論」より

 もう1つ,濱村ら開発陣が知恵を絞ったのは「iモード」のサービスに接続する「iボタン」の位置だった。従来機にはないこのボタンをどこに置けば,小型化と便利な使い勝手を両立できるのか。キーボードの周辺に取り付けると,ただでさえ数の多い数字キーに埋もれてしまって分かりづらい。その上,せっかく減らしたボタンが1つ増えてしまう。

 開発陣がたどり着いたのは,当時,三菱電機製の携帯電話機の特徴であった「フリップ」の表面を利用する発想だった。フリップは,筐体前面のキーボードの部分を覆う開閉式のフタである。

 「閉じたままでかけられる,話せる」 これが従来機の謳い文句だった。ならば「閉じたままでコンテンツを見られる」ことが今回の携帯電話機では売りになるはず。濱村は自信を持って提案の場に臨んだ。

「これはいいね」

 松永や榎啓一らNTTドコモ ゲートウェイビジネス部の面々は,即座に濱村らの提案を受け入れた。

バグの恐怖

 同じく1998年の末。京阪電鉄 西三荘駅から歩いて15分の所にあるお好み焼き屋「ひろや」。テーブルを挟んで座っていたのは,松下電器産業 マルチメディア開発センター 情報グループ 情報第3チーム 技師の菱田利浩と秦秀彦である。2人は携帯電話機向けブラウザの開発に奮闘するプログラマーであり,激務の合間を縫ってはこの店を訪れる仲の良い常連客だった。木枯らしが吹く季節。鉄板の上のお好み焼きから上がる湯気も,程よい暖房に感じられた。

ひろや
(写真:周慧)

「秦君,ブタ玉の加減,良さそうやで」
 菱田が鉄ヘラでクルリとお好み焼きをひっくり返した。

「あ,すんません」
 秦は,胸ポケットに入れた携帯電話機をしきりに気にしていた。

「メシ食うときぐらい,仕事のことは忘れたらええのに」
 菱田は手際良くお好み焼きを切り,互いの皿に盛り分ける。

「僕だってそうしたいんはやまやまですけど,いつ和田さんからバグの知らせが来るかと思うと,気が気やなくて」
 秦はブタ玉をほお張りながら,再び携帯電話機に目をやった。

 大阪・西三荘の松下電器産業では,情報第3チームの主任技師 和田浩美が率いる技術者のチームがソフトウエアの不調に苦しんでいた。ブラウザの自社開発を開始してから半年以上が過ぎ,ブラウザは既に試作機の上で動いていた。問題はあまりにも動作が不安定なことだった。いまだ現場のプログラマーは未曾有の数のバグに頭を悩ませていた。もう完璧,もう完璧と全員が何度も思った。それでも出てくるバグの多さのあまり,誰も完璧という言葉を口には出さなくなっていた。ある程度のバグは仕方ないんじゃないか。そんな弱音も漏れるほど,誰もが憔悴していた。新たなバグの発見はもはや恐怖だった。

「僕ら,正月休みって,ありますかね」
「まあ,今のままやったら無理やろうな,絶対」

「あ,もう11時ですよ。今日は,これで帰ってもええですよね」
「そうやな。たまにはこんな日があってもいいやろ。オレも昨日は結局,京橋のビジネス・ホテルやったし,帰れるときは帰らんと,体が持たへん」

 菱田が口を閉じた瞬間,秦の携帯電話機がブルブルと振動した。

「もしかして,和田さん?」
 菱田が青ざめた顔で聞く。

「いえ,河野さんです」

 電話の主は,同じソフトウエア開発者である松下ソフトリサーチ 開発部 マルチメディア第6グループの技師,河野雅一である。

「はい,秦です」
「河野ですけど,今どこ?」

「『ひろや』でお好み食うてます。河野さんも来ますか?」
「行けるわけないやろ。今,和田さんと一緒に札幌や」

 あ,そうだった。秦は苦り切った表情をした。今ごろ札幌から電話とは。やっぱり今日もまた家には帰れそうもない。

 札幌には,ソフトウエアのコーディングを担当する松下システムエンジニアリングの支社がある。和田と河野は,札幌と大阪を行き来して作業の進捗状況を逐一確認していた。

「けさ,秦君に直してもらったバグが,またおかしくなっとるんや。和田さんも予定が遅れるってイライラしとる。悪いんやけど,今すぐ直してくれへんかな」

「分かりました。すぐ会社に戻ります」

 聞いていた菱田も事情を察してガックリと肩を落とした。
「またトラブったんか?」

「あー,僕もう,終電が…」
「まー,しゃーないで。戻ってはよ,片付けようや」

 菱田は,無言で店主に勘定のサインを出した。

「昆虫の館」

 数日後,和田が札幌の事務所でパソコンに向かっていると,秦から1通の電子メールが入っていることに気付いた。

 和田さん,新しいWWWサイトを作ってみました。虫を誰が1番多く見つけるか,競争ですよ。アドレスは…

 和田は早速「Internet Explorer」を立ち上げ,URLを打ち込んだ。開いたウインドウが映し出したページのトップに「昆虫の館」の文字。技術者が自由に情報を書き込める電子掲示板だった。各技術者が発見したバグの情報を知らせ合って,共有しようというアイデアである。早くも秦が発見したバグが書き記されていた。

「私だって,けさ見つけたんやから」
 和田は早速,バグ情報を書き込む。

 既に和田ら技術者には,ブラウザを搭載した試作機が手渡されていた。試作機にはパケット通信機能が備わっており,NTTドコモの携帯電話網を経由してテスト用のWWWサイトにアクセスできた。技術者たちは自社のサーバ内のテスト用サイトに接続し,画像や文字をブラウザで表示して不具合が生じる個所をくまなく探していた。

 昆虫の館を利用し始めたことを,早速秦に知らせよう。パソコンの電子メール・ソフトを操作しながら,和田はふと気が付いた。秦からのメールに読み忘れた文章が残っている。

昆虫の館

 ちなみに,この掲示板には試作機からもアクセスできます

 和田は飛び上がった。試作機を使って発見したバグを,同じ試作機から直接昆虫の館に書き込めるなんて。

「すごいやん,これ」

 和田は札幌支社の部屋中に聞こえるような大声で叫んだ。

ケータイっておもろい

 昆虫の館がオープンして以来,和田はどこへ行くにも試作機を手にするようになった。どんな場所でもバグを探すことができるし,発見したバグの報告まで済んでしまうからだ。もちろん,試作機の存在を部外者に絶対に悟られてはならない。人前で昆虫の館を見るときには,必ず何かで筐体を隠すようにした。それが余計に,和田の胸を高鳴らせた。

 試験用サイトにあるピカチュウのGIF画像とミッキーマウスのGIF画像を連続して表示させたら画面が固まった。原因は…

 昼食の最中にも,スタッフからのコメントが掲示板に寄せられた。

 アニメ・キャラクターの話ばかりで,知らない人が見たら,仕事の話だとは絶対に思わへんよね

 和田は慣れない手つきで入力する。和田が書き込みを終えると,続々と返答が帰ってきた。

 和田は当時の心境をこう表現する。

「パソコンの画面でコンテンツを見ているのとは全く違う,心の中に直接メッセージが飛び込んでくるような,何とも言えない新しい感覚を覚えました」

 同様の感覚は他のスタッフにも芽生えていた。昆虫の館に続いて,自分専用のWWWサイトを作ったり,日記を公開するスタッフまで現れた。声で会話を交さなくても,みんなどこかでつながっている。そんな携帯電話の新しい楽しみ方が,身に染みて和田には分かってきた。

「ケータイが,こないにおもろいなんて。ヒット間違いなしやわ」

 和田はそう確信した。

指にタコができた

 大阪に戻った和田は,オフィスの廊下をぶぜんとした表情で突き進んでいた。向かった先は,デザイン部隊だった。

「あのな,バグ取りしすぎて,指にタコができたんやけど」

 和田は担当者に詰め寄った。試作機を使ったバグ取りと昆虫の館へのアクセスし過ぎの結果だった。

「ほら,ちょっと見て。この試作機,ジョイスティックの先が尖ってるやろ。毎日これでバグ取りしてるもんやから,指にタコができて…。先を丸く削るとか,改良の余地があるんと違うの?」

「え? タコができるほど使うてくれたんですか,うわー,うれしいわ。そないに一生懸命使うてくれたなんて」

「はあ?」

 デザイナーが平謝りするものとばかり思っていた和田は,開いた口がふさがらない。最初の威勢はどこへやら。すっかり形勢が逆転してしまった。

「いや,そんなんやなくて…」

 何とか不満を伝えなければ。相手の勢いに負けじと和田も反論する。指にタコができるまでの経緯をかんで含めるように説明した。試作機と親指をデザイナーの眼前に突き出し,必死にタコの痛みを伝えた。

「あぁ,ほんまや。ジョイスティックが尖ってますねぇ。分かりました。も少し丸くしときます」

 ようやく担当者が納得したころには,和田はヘトヘトに疲れ切っていた。

「ほんま,ごめんね」

 文句を言いにきたつもりが,頭を下げている自分に,和田は何とも煮え切らない思いだったが,目的は達成したと納得することにした。

「あー,しんどいわ」

 仕事場へと戻る途中,和田は充血した目を押さえた。連日のバグ取り作業で和田の身に生じた変化はタコだけではなかった。近ごろ,試作機の画面がかすんで見えるのが気になっていた。尋常でないほど長い時間にわたって画面を見続けたためか,いつしか視力が低下していた。生まれてこのかた,眼鏡の必要性など感じたことがなかったのに。

「何事も,ほどほどにせなあかんということか」

 和田はぼやきながら,仕事場へと先を急いだ。

P501iと技術者
4人の開発者は左から順に,菱田利浩氏,秦秀彦氏,和田浩美氏,河野雅一氏
(写真:山田哲也)

自分だけのケータイに

 いつまでたっても,昆虫の館への書き込みは一向に減らなかった。取っても取っても新しいバグが見つかる。寝ている間以外は,和田は試作機を手元から放せなかった。遊びで使っているのならまだしも,しょせんは仕事の道具である。和田は試作機の殺風景な風体に,いささかうんざりし始めた。

 そんな和田が,あることに気付いたのは半ば必然だったのかもしれない。和田は,ぼんやりとパソコンを眺めていた。どのパソコンも同じような形をしているのに,それぞれ何かが違っている。誰のパソコンかが一目瞭然だ。一体なぜだろう。

「そうか,壁紙だ」

 アニメのキャラクターや大自然の写真など,いずれのパソコンにも各人の個性をうかがわせる画像が張り付けられている。だからこそ似たようなパソコンが全く違って見えるのだ。だったら携帯電話機にも壁紙を張り付けちゃえばいい。

 開発中の携帯電話機にはGIF画像を保存して何度も見ることができる機能を備える予定だった。この機能を利用して,自分の好きな写真を常に表示できるようになったら「金太郎あめ」のように同じ格好をした携帯電話機が,個性をまとったツールに生まれ変わる。

 和田のアイデアは,社内で大好評を博した。賛同した技術者たちは,ほかに山ほど業務があるにもかかわらず,目にも留まらぬ速さで,壁紙を表示するソフトウエアを書き上げた。NTTドコモの担当者も和田のアイデアに喜び,即座に機能追加の承諾が下りた。

 自分のアイデアが好評と聞き,最高の気分だった和田だが,余韻に浸っている暇は無かった。壁紙の着想に刺激されたのか,デザイン部門から次なる依頼が寄せられたのである。

「ケータイの画面上で動かしてほしいモノがあるんやけど」

 この期に及んでさらに機能を追加するなんて。あまりにも唐突な申し出に,和田は目を丸くした。

=敬称略

―― 次回へ続く ――