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「決死」ならぬ「安全」な治療

 マイクロリアクタは既に,化学工業の世界ではかなり研究されているが,これからは機械をはじめ,ものづくりの世界で広く利用されるようになっていくだろう。そのときのキーワードは「少量」「多相化」「異条件」「オンデマンド」「安全」の五つだ。

 少量とは,とにかく小さい単位で生産できること。多相化とは,色々な材料を,気/液/固相を問わずに反応させられる可能性が高いこと。異条件とは,温度や速度,流量や分量を簡単に変えられること。オンデマンドとは,その場ですぐにできること。そして安全とは,少量で反応させるために危険が小さいということである。

 個人的には,やはり食品分野の製造プロセスに使ってみたい。新婚時代に苦労させられたマヨネーズはもとより,ソースやドレッシング,各種スパイスの混合にどうだろうか。材料の微妙な組み合わせが,これまでは難しかった微妙な味を生み出すかもしれない。さらには,醗酵過程を短縮したみそといった発酵調味料の製造だって夢ではなさそうだ。

 読者の皆さんに近い分野でいえば,「超微細ロストワックス」なんていかがだろう。温度をはじめ溶解条件をきめ細かく制御して超微細なロストワックス製品を造るのだ。超微細フィルタとか微細センサとか,さまざまな可能性が考えられる。

 当然,冒頭で話題にしたミクロの決死圏,すなわち医療分野は有力なターゲットの一つだ。最初に微少量の薬液を極小ノズルで患部にまで導き,そこで直接的に混合反応させて患部を治療する。体外ではすぐに反応して効果が出ないような薬剤を,患部に挿入したノズルで直接反応させることで薬効を発揮させるのだ。

 ミクロの決死圏は荒唐無稽むけいの話だったが,これならば,反応だけを極小領域で起こさせる現実的かつ安全な治療方法といえる。「決死」ならぬ「安全」なミクロの治療法だ。

時を越え,分野を超えて

 今からちょうど2年半前,もともとは糸偏企業で,そこから業態転換したヒロボーさんという会社を取り上げた1)。紡績とは縁もゆかりもない模型ヘリコプターという全く未知の新事業に乗り出して成功したのである。実は,マイクロリアクタの基本技術は,そんなヒロボーさんのルーツでもある糸偏にさかのぼるのだ。

図5 複合繊維用ノズルの部品(海島糸用分配板)
パイプの内径は0.25±0.002mm,外径は0.50±0.002mm。この高い精度が,我が国の糸偏産業を支えてきたといえる。
図6 溶融紡糸用ノズルの形状

 化学繊維の製造に使うノズルをご存じだろうか。戦後,我が国の化繊事業が大躍進したのは,そのノズルの高い精度があったからといって過言ではない(図5)。複数の樹脂を極小径の流路で複合化してさまざまな特性の化学繊維を作り出す技術はズバリ,高精度のノズルが支えていた。そのノズル,微小なことはもちろん,形も「一体,どうやって造ったのか」と不思議になるくらいすごい(図6)。

 マイクロリアクタやMEMS(マイクロ・エレクトロ・メカニカル・システムズ)といった現代技術のルーツが,実は重厚長大産業で成功した我が国の基本技術に求められる。逆の言い方をすれば,かつて世界の頂点に立った技術が時を越え分野を超えて今,新たに生まれ変わったのだから,たまらない。

 ご紹介が遅れてしまったが,「マイクロ反応プロセス構築のためのアクティブマイクロリアクター」の開発を取りまとめているのは,岡山県産業振興財団さんである。岡山県が糸偏産業のかつての集積地であったと聞けば,その因果もなるほどとうなずけよう。

* 文部科学省の補助事業「都市エリア産学官連携促進事業(発展型)」のプロジェクトとして現在研究開発中。

 おそらく,この技術に関しては,異分野への展開がもっともっと考えられていくだろう。あらゆる産業界の生産工程において「当り前の技術」になる日だって,近い将来やって来るかもしれない。

■参考文献
1)多喜,「地雷原からの帰還」,『日経ものづくり』,2004年11月号,pp.184-187.