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 「ヘラしぼり」。多分,アッサリと漢字で書ける人は少ないだろう。「箆鉸り」と書くのだが,「箆」も「鉸」も常用漢字から外されてしまった今となっては,大体,読める人もそうはいまい。そんなヘラ鉸りは,金属や木材などの硬いヘラ棒やローラを回転する金属板に押し付けて,ドームやおわんのような形にする加工技術のこと。まさに職人技,特殊技術といえるが,ヘラ鉸りで造られた製品は案外我々の身近にあふれている。古くは洗面器やタライがそうだし,近年ではアンテナや反射板,宇宙に打ち上げられるロケットの先端部がそうだ。

図1 ヘラ鉸りだからできるワザ
フチが内側に折り曲げられ,しかもシワもない。
図2 この大きさ,プレスなら金型代はいかほどか
図3 一心にヘラ鉸りに取り組む若い社員
19歳だそうだ。
図4 ヘラ鉸り機
型に材料を押し付け,回転させて,ヘラで成形する。

 実は,ヘラ鉸りの方法もその理屈も,分かっているようで分かっていない。金属板にヘラを押し付けるだけで変形するのだから,不思議といえば不思議な話だ。最初はただの平板だが,見る見るうちに3次元形状に変形し,おわんのような形になっていくと,手品でも見ているかのような気分になってしまう。

 一種の塑性加工技術であることに間違いないが,科学的な解析はされていないという。しかし,出来上がった製品を見るとかなり精巧な仕上がり具合だし,レーザカッタで後加工した製品などは精密金型でプレス成形したのではないかと思ってしまうほどだ。

 CAD/CAMの世界からは遠く離れているようで,実は現代のものづくりに欠かせないこの技術。職人が知恵を絞ることで,ますます高度に発展し,そして活躍の場を拡大している。

ヘラ鉸りの神髄

 まず,図1を見てほしい。ステンレス鋼製でタライのような形状の製品,そのフチが内側に90°に折り曲げられている。プレスで造れば,金型からワークが抜けないし,たとえ抜けたとしてもフチの部分にシワがよってしまう。一見単純に見えるこの製品は,そういう意味ではかなりのウンチクを含んでいて,よほどものづくりにたけた人でないと,これがヘラ鉸りで造ったものだとは分からないだろう。

 このように,ヘラ鉸りという技術は奥が深い。その発祥の地はどうも中国らしいが,かの地では現在わずかながら零細企業が残っているだけで,我が国のように発達はしなかったようだ。中国で開発され,遠く日本に伝来したヘラ鉸り。戦時中には砲弾の先端部分を成形するためにドイツにも渡ったようだが,中国と同じようにドイツでも発展した様子はない。

 ヘラ鉸りはこうして,我が国特有の技術として発達し,ものづくりの重要な一翼を担ってきたのである。例えば図2に写っている,ヘラ鉸りを利用した製品。こんな大きなおわん形の製品をプレスで造ろうものなら,よほどの製作費を覚悟しなければならない。スプリングバックを考えると多分,複数の金型が要るだろうし,大型プレス機も必要だろう。ところがヘラ鉸りなら,そんな心配は要らない。しかもこの製品,発注数はたったの1個だそうな。お分かりだろうが,1個では金型を起こすなんて,どだい無理な話。つまり,ヘラ鉸りは1個からでも生産可能な,縦横無尽の技術なのだ。

職人技の伝承

 現場にお邪魔して驚いた。というのも,工場がずいぶんキレイなのだ。そして何と,若い人が多い。もう一人前だというこの人,まだ10代だそうだ(図3)。ものづくりにあこがれて入社したそうだが,黙々とヘラ鉸りに打ち込む後ろ姿を見ると,我が国の若い職人たちもナカナカではないかと,何か感動してしまう。

 それはさておき,もう少しヘラ鉸りの技術を解説しよう。

 ヘラ鉸りの機械はとてもシンプルだ。旋盤に似ているが,チャックもバイトもない。「回転板(バンコ)」と,それに型を取り付けて,その型に材料板を押し付ける「押しコップ」,そしてヘラを固定するというか,支える「金台」があるだけの構造だ。図4はヘラ鉸りの途中の様子だが,内側に見えている型に材料板をヘラで押し付けて,型の形にしている。支え台である金台に何本かの小さな,くいのように見えるボッチは,ヘラやローラ棒がズレないようにする支点だ。

 職人は腰を使って,ヘラを自在に操る。文字通り,腰がカナメだ。セオリーはなく,まさに見よう見まねで覚えていくという職人技。いや,体全体を使う職人芸なのだ。

 図5は,見にくいが,1対のおわんを合わせて,そろばんのコマのように一体化した製品を造っている様子。注目したいのは,外側にあるつば状の形のピン角を,ヘラのコーナーで成形しているところ。これなどはヘラ鉸りの真骨頂ともいえるもので,ベテランにならないとできる技ではないそうだ。

図5 曲面もピン角も自由自在

先端技術と融合