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 怪談話を一つ。人魂を見たという話を聞いたことがある。ジイッと蒸し暑く,風のない夜のこと。背後に気配を感じたのでフッと振り返ると,青白く光る丸い玉がボウッと,ゆっくりと浮いて動いていたというのだ。光の玉は何かを語り掛けるかのように少し動いては止まり,また何かを話すように少し動き,そして,すうっと消えたのだという。ちょっと前に知り合いが亡くなり,その魂が人魂となって自分に話し掛けてきたのだと,その人は本気で信じている。

 この人魂,人工的に作った学者もいたらしい。メタンガスを,ある条件で空中に放出して着火すると,ちょうど人魂のように見えたという。人魂は狐火とも鬼火ともいわれるが,本当に存在するのか,それは何なのか,実は分かっていない。

 人魂とはひょっとして,何かのガスが燃えて,ボウッと光って見えているだけなのかもしれない。幽霊を見たという話も,ガスが燃えてわずかに揺らいで見えた光があたかも幽霊のように見えただけなのかも…。

 さて,人魂の話からいきなり,今度は水素ガスの話に。水素ガスは無色・透明・無味・無臭であり,着火してもその火炎はほとんど肉眼で見ることができない。

 この水素ガス,何となく人魂の話と似てはいないだろうか。人魂だと思っていたが,実は何かの作用で水素ガスが発生しただけだった──。だとしたら,怪談話も科学的な説明ができるというものだ。

 いささかこじつけてしまったが,この水素ガスについて,ガスそのものに加え,火炎も見えるようにする技術を開発した会社がある。四国電力の研究子会社である四国総合研究所だ。

見えないものを見つけたい

 水素ガスは見えない。それ自体,深く考えたことはなかった。見えないものなので,意識していなかったのかもしれない。しかし,どうしても見たい,あるいは検知したいという場面は意外に多い。例えば,水素ガスを製造しているプラントでは,水素ガスが漏洩しているかいないかは極めて重要なことだ。

 先にも書いたが,水素ガスは燃えても見えないに等しい。しかし,空気中における濃度が4~75%で爆発するという危険なガスでもある。水素エネルギの利用が進んで燃料電池に水素が使われるようになると,水素供給ステーションでは貯蔵や充てんの際に数百気圧という高圧で水素を管理しなければならず,それこそ漏れたら大変なことになる。

 では,今までどうやって検知していたかというと,触媒燃焼式センサや電気化学センサ,半導体センサ,熱伝導センサといったさまざまな方式が利用されていた。しかし,いずれも接触式というか,漏洩もしくは燃焼している水素ガスに限りなく近い所でないと検知できないジレンマがあった。つまり,検知されたときには「時既に遅し」なのである。

 漏洩している,もしくは漏洩するかもしれない所の直近でしか検知できないのでは,センサの設置個数が膨大になってしまい,コスト面でも負担が大きい。屋外では風向や設置位置によっては検知できないかもしれないので,さらに設置個所を増やさなければならないし,なおかつ,それでも検知できないリスクは残る。

 結局,現在の水素利用施設の多くでは,巡視員が携帯用の水素ガス漏洩検知器を持って巡回しているそうだ。爆発の危険と背中合わせの,人による命懸けのパトロールに頼っているのが現状なのだ。

遠隔での可視化

図1 四国総研主席研究員の二宮英樹さん(左)と電子技術部長の杉本哲男さん(中央)

 こんな理由から,漏洩個所の直近ではなく,遠隔で施設全域を見渡しながら漏洩個所を検知できればどんなに素晴らしいかと,誰でも考える。この,考えるだけでなかなか実現しなかった水素ガスの可視化に挑戦したのが,四国総研の二宮英樹さんたちだ(図1)。

 それまで,メタンガスなら遠隔で検知・測定する技術はあった。メタンガスの吸収波長に一致した赤外線レーザを照射し,強度の減衰具合からメタンガスを検知・測定するというものだ。これに対し水素分子では,近紫外線から赤外線波長域まで幅広く吸収がない。このため,従来知られている吸収分光法やフーリエ変換赤外分光法などでは,大気中の水素ガスを検知することができなかったのである。

 新たなエネルギ源として燃料電池や水素自動車などへの利用拡大が予想される水素。その安全にかかわる技術開発に取り組むことは,エネルギ産業にかかわる四国総研にとって,至極当然の成り行きだった。「水素にかかわる人たち皆の安全確保を充実させたい」。二宮さんはその思いを持って,誰も本格的に研究をしていなかった,ある現象に目を付けた。

水素ガスのラマン散乱光