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 例えば,ニコニコ動画に投稿された「初音ミク」関連の動画は2008年1月末現在で1万6000本を超える。作品の種類も音楽の演奏だけにとどまらない。オリジナルの楽曲やイラスト,動画,果ては電子工作まで多岐にわたる。Webサイトに投稿された初音ミク作品がユーザーの支持を呼び,それがまた新たな作品の制作を促す好循環が起こり,初音ミクの驚異的な売り上げにつながったのは間違いない。

 特筆すべきなのは,動画共有サイトのユーザーが初音ミクをあたかも「16歳の美少女アイドル歌手」と,擬人化して受け入れている点である。最大の理由は彼女のリアルでかわいい歌声にある。だが,初音ミクという名前,パッケージなどに採用した機械化美少女のイラスト,16歳という設定,歌声の元データに起用した声優の藤田咲など,いわゆる「キャラ立ちする」要素をいくつも詰め込んだクリプトン社の戦略の効果も見逃せない。

 このような初音ミクをクリプトン社が生み出せたのは偶然ではない。彼女には「姉」がいる。同社が2004年11月に発売した「MEIKO」である。MEIKO は,VOCALOID2の前身に当たる歌声合成技術「VOCALOID」を採用し,パッケージにはキャラクターのイラストを描くなど,後の初音ミクにつながる萌芽をいくつも含んでいた。

 MEIKOは,VOCALOIDを通じたクリプトン社とヤマハによる初めての共同作業である。では,いかにして両社は結び付いたのか。話は2002年にまでさかのぼる――。

クリプトン・フューチャー・メディア 代表取締役の伊藤博之氏(写真:KEN五島)

歌えるコンピュータを探して

 「これならイケる。足りなかったピースがやっと埋まった」。ヤマハによるVOCALOIDの実演を初めて耳にしたクリプトン社代表取締役の伊藤博之の胸には喜びが込み上げてきた。今まで耳にしてきた音声合成技術とは根本的に違い,圧倒的にリアルだったからだ。「まるで人間が歌っているようだった」。伊藤が長らく待ち望んでいたものが目の前にあった。

 伊藤は趣味の音楽活動をきっかけにクリプトン社を1995年に立ち上げた。映画の制作会社に向けてさまざまな種類の音源データを販売するビジネスが米国にあるのを知り,これを日本でも展開しようと考えた。サンプリングして作られた音源データを,コンピュータ上で加工し,さまざまな効果音を作る。その中でも特に,本物の楽器のサンプリング音をコンピュータ上で組み合わせて,まるで実際の演奏のように仕上げる技術の将来性に魅了された。「この技術は今後伸びるに違いない」。そこで伊藤はクリプトン社で,楽器の音や人間の歌声などの音源をCDに収めた「サンプリングCD」の販売を始めた。ユーザーはプロのミュージシャン,音楽やビデオの制作会社などである。

 伊藤の読み通り,このコンピュータ上で楽器を演奏する技術はどんどん進化し,2000年ころにはピアノの鍵盤をたたく微妙な「タッチ」を再現できるほどになっていた。利用できる楽器の種類も増え,ピアノから民族楽器の音まで,利用できない音源はないという段階まで進歩した。