これは一例にすぎないが,ライフ・レコーダーによって生活を定量的なデータで見つめ直すことで,これまで見過ごしていた「何か」に気付き,生活の質(QOL)を向上させるツールとして使える可能性は十分にある。
用途はほかにも考えられる。東京大学大学院情報理工学系研究科 システム情報学専攻 工学部計数工学科 教授の安藤繁氏は,「個々人が過去の記憶を思い出すための,いわば『過去に戻るタイムマシン』として使える可能性がある」との考えを述べる。図2(a)で示したように,動きの記録は,あの時何をしていたのかという記憶を呼び覚ます手助けになる。「カメラやムービーのように,視覚情報を基に過去の記憶を思い出すツールは存在するのだから,行動情報を基にしたツールがあっても不思議ではない」(安藤氏)。カメラなどではあくまで断片的な記録を撮るが,ライフ・レコーダーは1日のあらゆる行動を記録する。
こうした過去の記憶の振り返りを個人で楽しむのではなく,業務に活用することも可能だろう。例えば,製品開発チーム全員がライフ・レコーダーで行動などを記録しておけば,仮に製品開発時にバグ問題などが発生した場合に,その原因解明に役立つ可能性がある(図5)。記憶ではあいまいな個々人の過去の業務行動を,データに基づいて,より正確に思い出すことが可能になり,事実に基づいた原因追究を進められる確率が高くなるからだ。このように,生産効率の向上や品質管理のためのツールとして使える可能性も十分ありそうだ。

ケータイ内蔵型も登場へ
用途の拡大と同時に,ライフ・レコーダーの端末自体も,将来はより利用者が使いやすい方向に変わっていくだろう。複数のセンサや無線機能を搭載するなどの高機能化や,持ち歩きを意識させないような小型化である。
さらに,今後のライフ・レコーダーの進化の方向性として見逃せないのが,携帯電話機など携帯機器への内蔵である。特に,常日ごろ持ち歩くことが多い携帯電話機は,行動などを常に測り続けるライフ・レコーダーと比較的相性が良い。しかも,計測データを送信できる通信機能をあらかじめ備えるという利点がある。ライフ・レコーダーに対応するために搭載する新規部品は,基本的にセンサと専用アルゴリズムを動かす回路だけで済み,マイクロプロセサやメモリなどは,本体に内蔵されたものをある程度共用できる。
実際に,こうした製品は早い時期に登場することになりそうだ。例えばNTTドコモは,活動量計の機能を搭載した携帯電話機を,次期モデル以降において実用化する意向を示す。「2007年10月に披露した『ウェルネス携帯電話』は,試作品ということで複数の機能を載せたが,実用機では,まず特定健診向けツールとして使える活動量計の機能に絞って搭載する」(同社 プロダクト&サービス本部 プロダクト部 第三商品企画担当課長の丸山聡史氏,図6)。

端末メーカーである富士通も,こうした方向に積極的だ。同社は次機種以降において,3軸加速度センサを搭載して活動量計の機能を実現した携帯電話機の発売を検討しており,そこには自社開発のアルゴリズムを搭載するという。「アルゴリズムを自社開発すれば独自性を出せる。機能やサービスを追加しようとする際に,開発をスムーズに進められる」(同社 モバイルフォン事業本部 先行開発統括部 プロジェクト課長の高木和幸氏)。同社は2003年に,歩数計機能を搭載した携帯電話機を発売しており,この機種ではオムロン ヘルスケア製のアルゴリズムを利用していた。しかし,こうしたライフ・レコーダー機能の搭載が,今後の携帯電話機のウリの一つになると踏むからこそ,差異化のカギを握るアルゴリズムを自社開発に切り替えたのである。
携帯電話事業者や端末メーカーが積極的な姿勢を見せるように,携帯電話機など携帯機器へのライフ・レコーダーの搭載は,今後,ある程度進むだろう。しかし,それは限定的な用途にとどまる可能性が高い。ライフ・レコーダーをいざ高機能化しようとして,携帯電話機本来の機能を損ねるわけにはいかない。さらに,携帯電話機を1日中肌身離さず持ち歩くのは必ずしも現実的ではないからだ。
むしろ携帯電話機は,ライフ・レコーダー専用端末と,インターネットをつなぐ「仲介役」として活躍することになりそうだ。すなわち,ライフ・レコーダーで計測したデータを近距離無線通信によって受け取り,それをインターネット上のサーバーなどに送信する役割である。「こうした世界を見据えて,ライフ・レコーダーと携帯機器間の通信規格の検討があちこちで始まっている」(複数の関係者)。
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