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 もっとも,DNAチップの産業用途への展開に先んじたのは海外勢である。オランダAgendia社が開発した乳がん患者向けの予後予測検査サービス「MammaPrint」がそれだ(図2)。手術によって切除されたがん組織のDNAの状態をAgilent社のDNAチップを使って測定し,がんの転移・再発の可能性の高低を調べるサービスである注5)。2007年2月にFDA(米国食品医薬局)の販売承認を得た注6)

注5) 再発リスクの高低が分かれば,必要に応じて副作用がある化学療法を避けることができる。

注6) DNAチップ研究所は2008年1月,MammaPrintの日本における独占販売契約をAgendia社と締結した。現在のサービス価格は38万円。「状況が整えば日本での保険適用の申請を行う」(同研究所 新規事業部 クリニックビジネスグループ マーケティングコーディネーターの池田純子氏)。

図2 産業応用への風穴を開ける<br>MammaPrintは,乳がん再発の可能性を診断するサービス。まず,医師がサンプリング・キットを用いて乳がん組織を採取する(a)。これをAgendia社に送付すると,同社ではDNAチップを利用して70遺伝子の状態を解析することで再発の可能性を判断する(b)。検査結果は,約3週間で医師の元に届く。日本におけるMammaPrintの独占販売権は,DNAチップ研究所が持つ。(図:DNAチップ研究所の資料を基に本誌が作成)
図2 産業応用への風穴を開ける
MammaPrintは,乳がん再発の可能性を診断するサービス。まず,医師がサンプリング・キットを用いて乳がん組織を採取する(a)。これをAgendia社に送付すると,同社ではDNAチップを利用して70遺伝子の状態を解析することで再発の可能性を判断する(b)。検査結果は,約3週間で医師の元に届く。日本におけるMammaPrintの独占販売権は,DNAチップ研究所が持つ。(図:DNAチップ研究所の資料を基に本誌が作成)
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 このFDAによる販売承認は,DNAチップの産業用途への応用に風穴を開ける里程標として多くの関係者に衝撃を与えただけでなく,日本メーカーの関係者に危機感も与えた。日本の業界団体であるバイオチップコンソーシアム 運営委員の中江裕樹氏は,「研究用途でも米国に市場を取られ,さらに産業用途でも市場を取られたら日本はどうするのかという強い危機感が生まれた」と打ち明ける。MammaPrintが国内勢の背中を押したといっても過言ではない。

<休憩室1>DNAとは? DNAチップとは?

 DNAは,デオキシリボ核酸(Deoxyribo Nucleic Acid)の頭文字を取った略称で,2本の鎖が絡み合った二重らせん構造を持つことがよく知られています。人間など生物の細胞には核があり,核内には染色体が存在します。この染色体を構成しているのがDNAなのです。なお,DNAのうち,遺伝のためにたんぱく質を作るなどの役割を果たすものを遺伝子と呼びます。

 DNAの鎖には,A(アデニン),T(チミン),G(グアニン),C(シトシン)という四つの塩基が並んでいます。このうち「AとT」「GとC」という特定の塩基同士が水素結合することで,2本鎖を形成します。

 この塩基の水素結合を利用したデバイスが,DNAチップなのです。あらかじめ塩基配列が分かっている1本鎖のDNAを基板上に固定しておき,そこに検体を反応させると,対応する塩基配列を持つDNAの鎖のみが結合します。これにより,塩基配列が不明なDNAの解析や,特定の病気と関係があるDNAが血液内に存在するかどうかという判別などが実現するのです。

―― 次回へ続く(2010年5月18日公開予定) ――