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 2011年3月11日の東日本大震災、福島県・新地町にあるシチズン東北相馬事業所では、社員に帰宅指示を出した直後に津波が襲来した。同事業所はかろうじて浸水を免れたものの、多くの社員は自宅が津波の被害を受け、避難所での生活を余儀なくされた。出社することすら困難な中、それでも復旧に向けて動き出した。

シチズン東北取締役の菅野喜次氏

 シチズン東北 取締役の菅野喜次氏は、震災発生後から通常稼働に移行する3月末まで相馬事業所の“臨時工場長”を務めた。そのことは、事前に決まっていたわけではない。幾つかの偶然が重なった結果、復旧の陣頭指揮を執ることになった。

 震災の当日に菅野氏がいた場所は、シチズン東北の本社がある岩手県北上市でも相馬事業所でもなかった。同社社長の熊谷春雄氏や別の取締役と、東京都西東京市のシチズンホールディングス(HD)本社に決算説明に行っていたのだ。

 従って、震災直後の本社や相馬事業所の状況はその時点では全く把握できていなかった。直ちに本社に戻ることを決め、国道4号線をひたすら北上する。その途中、3人のうち誰かが相馬事業所に直行した方がよいということになり、菅野氏がその役を引き受けた。同氏は新地町に隣接する相馬市の出身で、同市に自宅もあったことから、相馬事業所に行くのは自分が適任だと判断したのだ。ただし、菅野氏が相馬事業所に到着したのは地震発生から3日後の3月14日である。